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「戦後」の視座の定点を探る~映画「ほかげ」 [映画時評]


「戦後」の視座の定点を探る~映画「ほかげ」


 火影(ほかげ)は、灯火そのものを指すこともあるが、灯火に照らされた形もしくは陰影をいう場合もある。映画を観ての印象で言えば、ここでは最後の意味がふさわしいようだ。では、ここでいう灯火の炎とは、作られた影とはなんだろうか。

 焼け跡・闇市の時代。場末の酒場、とは名ばかりで女(趣里)が体を売って身を立てている。生きる気力をとうに失った女の店へ、一升瓶を抱えた中年男(利重剛)がくる。酒を置き、無言のまま押し倒す。二人の関係は分からない。
 ある日、復員兵(河野宏紀)が訪れる。翌日も翌々日もきた。「金を作ってくる」といいながら、金はなかった。冬瓜を持って、孤児となった少年(飯尾桜雅)もきた。初めは盗みが目的だった。二人が入り浸り、川の字になって寝る、つかの間の日常。薄暗い店先、油をともした小さな灯が揺れる。
 復員した男は戦場体験がPTSDになったようで、銃声を聞いたと突然わめきだしたりしたが、そのうち姿を消した。女に諭され、少年も旅に出た。闇市で拾った拳銃をかばんに忍ばせた。
 少年は、謎めいたテキ屋の男(森山未來)と連れて歩くようになった。テキ屋は、迷った末と言いながらある男を訪ねた。少年を使って呼び出し、借りた拳銃を向けた。「これは〇〇のぶん」と戦友の名をあげ、計3発を撃ち込んだ。男に命令され捕虜や住民を虐殺、死んでいった者たちだった。1発が残る銃口を自らに向けたが、引き金を引けなかった。
 少年は酒場へ舞い戻るが、女は性病にかかっていた。闇市をさまよい、わずかな金を得ようとする。路地裏を歩き回り一角に突き当たる。気力を失った男たちがおり、かつての復員兵もいた。3人で寝ていたころ、教師だった彼から算数を習った。その教科書を、そっとそばに置いた。しばらくして、1発の銃声を聞いた。

 女の部屋の奥に、出征兵士らしい写真と陰膳が置かれていた。夫か恋人であろう。戦死の報を聞き、絶望的な日常を生きている。テキ屋の男は、理不尽な命令のために死んだ戦友たちの恨みを晴らそうとする。自殺も考えるが生への執着が上回る。少年は焼け跡を生き抜くため、と拳銃をひそめるが、女に諭され置いていく。最後の銃声、誰が撃ったかは回収されていない。復員兵は有力な答えだが、違うかもしれない。しかし、それはどうでもいいことでもある。映画ではすべてが寓話的、象徴的に処理されているからだ。4人の生き方(生きざま)が紡ぎだすもの、それが「戦後」という時代であろう。いいかえれば「戦後」と呼んでいるものの思想的原点、「戦後」への視座の定点はなにかを、この映画は提示している。

 冒頭の問いに答えれば、灯は戦場体験、もしくは戦争による傷、陰影とはその後の生きざま、もしくは「戦後」そのものではないか。
 塚本晋也監督には、戦場の飢餓をテーマにした「野火」(大岡昇平原作)がある。戦争の傷を抱え、どう生きるかをテーマにしたのが「ほかげ」であろう。この作品も、彼の代表作と呼ばれるに違いない。
 2023年製作。


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