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生きるため犯した罪~映画「アウシュヴィッツの生還者」 [映画時評]


生きるため犯した罪~映画「アウシュヴィッツの生還者」


 アウシュヴィッツ収容所で行われた賭けボクシングは「アウシュヴィッツのチャンピオン」(2020年、ポーランド)でも描かれた。主人公はポーランドで名を知られたボクサー。非ユダヤ人だったが反ナチの闘士で、収容所に送られたのもそれが理由だった。実在の人物と言われる。
 「アウシュヴィッツの生還者」も、収容所のボクシングを描いた。主人公はポーランド系ユダヤ人。ボクシングは収容所で生きるために覚えた、というから「アウシュヴィッツのチャンピオン」とは別人物のようだ。
 賭けボクシングは、ナチ将校の「娯楽」が目的だった。囚人同士が闘い、負けた方は銃殺かガス室送り。勝敗は生死に直結した。ナチ親衛隊の将校シュナイダー(ビリー・マグヌッセン)に目をつけられたハリー・ハフト(ベン・フォスター)は生きるため、勝ち続けた。そして生き残った。

 物語は1942年ごろ~45年、49年、64年と三つの時代にまたがる。49年をメーンに、収容所の2年余りがフラッシュバックのように回想され、ラストの64年に向かう。
 戦争が終わり、アメリカに渡ったハリーは、プロボクサーとして生活していた。咬ませ犬のようなポジションで、戦績も芳しくなかった。それでも続けたのは、戦時下に生き別れになったレア(ダル・ズーゾフスキー)の消息をつかむためだった。彼の戦時体験に関心を持つ新聞記者(ピーター・サースガード)が取材に現れた。兄の忠告をよそに、同胞との生死を賭けたボクシングのことを話した。記事は周囲の見る目を変え、「裏切者」と怒声が浴びせられた。
 当時、世界をうかがうロッキー・マルシアノが同クラスにいた。「無謀」という声を押しのけ、ハリーは対戦に名乗りを上げた。記事がレアの目に届くのでは、という思いからだった。
 ここまでは二つの時代が交互に描かれる。収容所内はモノクロ、戦後はカラー。しかも、二つの時代はベン・フォスターが演じ分けているというから驚きだ。収容所のハリーはやせこけ、戦後と二十数㌔体重が違うという。
 後半、ハリーの戦後に軸足が移る。平和を謳歌する物語にはならない。同胞の命を代償に生き延びたことへの自責の念にさいなまれる。
 レアを捜す中で知り合ったミリアム(ビッキー・クリーブス)と結婚、雑貨店を営み子供も生まれた。そこへかつて取材した記者が、レアの現住所のメモを持って現れた。ハリーは息子のアランを連れ、会いに行く。64年。彼女も家庭を持っていたが、末期がんだった…。

 アウシュヴィッツ体験、戦時に犯した罪の意識、そして長い旅路の果てに巡り合ったかつての恋人同士-と、後半になるにつれメロドラマの色彩が強まる。「アウシュヴィッツもの」の多くが、ドイツ敗戦=ソ連軍による解放を物語のゴールとしているのに対して、この映画はその先に軸足を置いており、その点で異色である。この手の映画としては重量級といえる。アメリカ礼賛を着地点にしていることを除けば。
 ハリーは2007年に82歳で死去。前年に発表したアラン・スコット・ハフト(息子)の著書「Harry Haft: Auschwitz Survivor, Challenger of Rocky Marciano(ハリー・ハフト アウシュヴィッツの生還者でロッキー・マルシアノの挑戦者)」がベースにあると思われる。
 2021年、カナダ、ハンガリー、アメリカ合作。監督バリー・レヴィンソン。


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