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戦後保守政治の暗部に迫る労作~濫読日記 [濫読日記]

戦後保守政治の暗部に迫る労作~濫読日記


「ロッキード疑獄 角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス」(春名幹男著


 19762月、ロッキード事件が日本で初めて大々的に報じられた時のことを覚えている。地方にいたので、第一報は夕刊だった(朝日が前夜最終版で突っ込んだらしいが、それは目にしなかった)。1面トップ、米上院外交委多国籍企業小委(チャーチ委員会)の公聴会でロッキード献金が日本の複数の人物に渡ったと証言があった、としていた。渡った先は「児玉誉士夫」が最も大きな見出しだった。その後、雪崩を打つように「ロッキード事件」は報じられた。なぜか「児玉」の名は消え「丸紅ルート」「全日空ルート」が取りざたされた。二つのルートの交差するところに「田中角栄」がいた。というより、田中を結節点とする事件の構図が作られたのかもしれない。
 元首相・田中角栄は発覚から半年後の7月27日に逮捕された。しかし、どこか「闇」を感じさせる展開だった。それは誰もが感じていた。だから様々な「陰謀説」【注】が飛び交った。
 ロッキード社が日本にトライスター売り込み攻勢をかけたのは1972年のことである。その時から50年近くを経て、事件の全体像に迫る労作が出た。標題の書である。著者は共同通信の外信畑を長く歩んだ春名幹男氏。
 ロッキード事件では、腑に落ちない点がもう一つあった。報じられ方が、新聞社であれば政治部=永田町目線か社会部目線、そうでなければ「田中金脈」を最初に報じた立花隆目線であることだ。いずれも日本国内から見た「事件の構図」だった。陰謀説が取りざたされた理由もそこにあった。米政権の思惑やアプローチについて実証的な積み上げをせず憶測に頼る、という手法が横行したように思う。最たるものが田中・独自の資源外交→米国メジャーの虎の尾を踏んだ、という説であろう。
 春名氏は、15年に及ぶ日米の取材の中で徹底的に米側文書を洗い出し、陰謀説の真贋を明らかにしながら米側の政策決定プロセスに迫っている。このことを「あとがき」で明瞭に語っている。
 ――ロッキード事件は二つの局面で構成されている。第一に、田中首相在任中の日米関係、第二にロッキード事件発覚後の捜査の展開だ。この二つがどうつながるのか、実は誰も解明してこなかった。
 そうなのだ。田中に対して、ニクソン大統領とキッシンジャー補佐官はどういうスタンスでいたか。それを踏まえて、事件発覚後に米政権はどう対応したか。それを裏付けのある事実として提示する。それが求められたことであり、春名氏はその答えを出した、といえる。カギは①日中国交回復に踏み切った田中外交を、ニクソン訪中の演出者であったキッシンジャーは好感を持っていなかった②「TANAKA」の名前が入った証拠書類の日本捜査当局への引き渡しに米国務省が関わっていた(このとき国務省トップは補佐官から昇格したキッシンジャーだった)である。キッシンジャーこそ田中逮捕の影の演出者であった(春名氏は「キッシンジャー陰謀説は濃厚」と結論付けている)。
 事件の構図はこれで終わったわけではない。冒頭で指摘した「児玉誉士夫」の存在である。児玉には、田中の5億円を上回る資金が渡ったとみられる。しかし、児玉ルートは早々と幕が引かれた。児玉は戦時中、満州で巨額のカネを手にし、戦後は保守党結成に資金提供したとされる。CIAエージェントであったことも知られている。CIAの巨大な影を前に、日本の捜査当局も手が出せなかったのではないか。ロッキードに続いてダグラス、グラマンの軍用機売込みが疑惑として浮上する中、無傷で生き残ったのが、CIAと関係が深いとされた中曽根康弘であり岸信介であった。
 目前に広がる黒々とした闇に戦後保守政治の暗部、日米安保の暗部を見る思いだ。

【注】春名氏が取り上げた陰謀説は五つ。①誤配説②ニクソンの陰謀③三木の陰謀④資源外交説⑤キッシンジャーの陰謀。このうち⑤以外はすべて否定した。



ロッキード疑獄 角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス (角川書店単行本)

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