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世界観を賭けた戦争の実像 [濫読日記]

世界観を賭けた戦争の実像~濫読日記

 

「独ソ戦 絶滅戦争の惨禍」(大木毅著)

 

 第二次大戦中、ドイツとソ連の間で展開された戦争は、日本が米英と戦った戦争とはスケールが違っていた。それは犠牲者数を見ても明らかである。「独ソ戦」でも両国の死者数に触れているが、それによるとソ連側の死者(非戦闘員含む)は2700万人、ドイツ側は600万~800万人と推計されている。ソ連側の数字は長らく2000万人と我々にはインプットされてきたが、ソ連崩壊後に上方修正されたという。日本のそれは厚生省調査で310万人(非戦闘員含む)とされ、これだけでも規模の違いが分かる。

 なぜ、これほどの大戦争になったのか。「独ソ戦」の著者大木毅は、互いの世界観を賭けた戦いであり、相手を絶滅しなければ自国の生存はかなわないと思ったからだという。加えて、両国がヒットラー、スターリンという独裁者を権力の頂点に置いていたことも大きい。

 戦争が終わった直後、ヒットラーとナチス思想は全面否定された。その結果、戦争責任もヒットラーが全的に負う構図になった。しかし今日では、そのことで見逃されたことがあるはず、という見直し論も起きた(例えば佐藤卓己「ファシスト的公共性 総力戦体制のメディア学」もその収穫)。一方でソ連崩壊後、社会主義を正義とする歴史観から解放された議論も進んだ。この二つの今日的財産を取り込んだのが「独ソ戦」であり、そこに今この著作が世に出ることの意味がある。

 ドイツ軍によるソ連への侵攻、いわゆる「バルバロッサ作戦」の構築にあたって、ドイツ国防軍の果たした役割が大きかったと著者はいう。一般的には独裁者ヒットラーの大号令によってソ連との戦争は企図されたと思われがちだが、数々の歴史資料によってその固定観念を打ち砕いていく。軍部の発想の背後にあるのは、英仏と対峙する際の後方懸念をなくすというものだが、ヒットラーのそれは人種的優越とそれに基づく収奪を思想の底に置いており、それが結果として人類史上空前絶後の惨禍につながったといえる。著作全体を通した印象でいえば、ヒットラーは伝えられるほど軍事の天才ではなく数々の錯誤を犯している。

 ヒットラーは一貫してモスクワと南北両翼への3方向進撃を主張した。特に南方にはこだわった。油田地帯があったからである。しかし、これほどの大展開をすれば兵站は容易ではない。それが分かっていながら実行したのはソ連軍に対する過小評価以外の何物でもなかった。

 装甲と兵力においては明らかにドイツ軍の方が上だった。したがって当初は、破竹の勢いで進む。1941年6月22日のことである。戦線はバルト海から黒海まで3000㌔に及んだ。スターリンが、ドイツ侵攻情報を欺瞞だとして信じなかったことも、ソ連軍の立ち上がりの遅さにつながった。

 ヒットラーの世界観に基づく絶滅政策が最も顕著に表れたのがレニングラード包囲戦だった。ソ連側の補給路を断った後、実に900日にわたって兵糧攻めにした。多くの市民が飢えで亡くなった。100万人以上といわれるが正確な数はいまだに不明である。人肉食も横行したが、NKVD(内務人民委員部)による報告が明らかになったのは2004年になってからだ。

 両国の命運を分けたのは、スターリングラードの戦いだった。ヒットラーは「スターリンの街」という都市名にこだわり、完全占拠を命令した。ちょうど194112月から翌年1月にかけて、酷寒の冬が襲った。しかし、総反攻をもくろんだスターリンの作戦も戦地の疲弊を顧みなかったため決定打とはならなかった。ヒットラーは死守命令を出し、そのことがドイツ軍壊滅へとつながった。44年夏にはソ連軍による最後の大反攻「バグラチオン作戦」が展開される。

 人種的優越性を唱え、ナチズム対ユダヤ的ボリシェヴィズムの戦いだとしたヒットラー、祖国を守る戦いが社会主義を守る戦いにつながるとしたスターリン。互いの世界観を賭けた戦いだけに、後のない戦争だった。そして、それぞれの戦史は、生き残った者たちによって都合よく書き換えられた。

 皮肉なことだが、兵器の格段の進歩によって、もはや現代ではこれほどの大戦争は起こらないだろう。というより、これほどの規模の戦争が起きれば間違いなく地球は破滅する。しかし、人類がこれほどの残酷な戦争をかつて行ったという正確な実像を知ることは意味のないことではない。

 岩波新書、860円(税別)。

 


独ソ戦 絶滅戦争の惨禍 (岩波新書)

独ソ戦 絶滅戦争の惨禍 (岩波新書)

  • 作者: 大木 毅
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2019/07/20
  • メディア: 新書

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ネット社会によって虚構化された自己~濫読日記 [濫読日記]

ネット社会によって虚構化された自己~濫読日記

 

「平成時代」(吉見俊哉著)

 

■「時代」への疑問

 昭和が終わって平成が始まり、その平成も幕を閉じて令和が始まった。元号と時代を考える時、昭和と平成、あるいは令和との間には大きな違いがある。明治から昭和にかけて天皇の定めた憲法が存在し、昭和の途中から平成にかけては国民主権のもとでの憲法が存在した。昭和の初めまでは天皇の名において戦争が始められたが、いま天皇にそんな力はない。

 では、いま元号とはなんだろうか。ある期間をバーチャルに区切っただけのものではないか。そう考えると、昭和には一定の時代的実在があるが、平成にはそんなものはないのではないか。

 「平成時代」を書いた吉見俊哉もそのあたりが気になるらしく、「はじめに」の最後で触れている。

 ――「元号」はフィクションにすぎない。天皇という一人の人間の人生が、「時代」という歴史的な単位を生むと考えるのは幻想である。

 しかし、ここで著者は元号という考え方を逆手に取り、米ソ冷戦の終結からグローバリゼーションへと向かう世界史的にひとまとまりの「時代」はあったのではないか、と問う。この書はそうした前提に立って成り立っている。

 確かに、米ソ冷戦から30年という月日は、同時代史としてとらえるには適当な時間の長さである。同時にそれは、グローバリゼーションが日本をどう変えたかを見るにも適していると思える。

 

経済・政治における失敗と漂流

 前置きが長くなったが著者と同じ、そうした視点で平成を振り返ってみる。
 「平成」という時代を念頭に置いたとき、浮かぶイメージはなんだろうか。私の場合「失敗」と「漂流」である。この本の著者もまた、ほぼ同じ視点のように思える。
 失敗とは、まず昭和から平成に至る時期、プラザ合意(1985)に始まったバブル経済への対応を誤ったことが挙げられる。政治分野ではリクルート事件(1988)に端を発する政治改革がことごとく失敗、民主党政権の崩壊へとつながったことだった。以来、政治・経済は有効な対応策を持たないまま現在に至るまで漂流を続ける。
 社会構造の下部がこのような状況にあるとき、不幸にも日本社会を襲ったのは近代化の飽和状況の結果としての少子化だった。新自由主義の進行とともに格差社会=階級化が進む中、相乗効果によって日本は先進国中、例を見ない極端な少子化社会となった。

 

■「自己」の喪失と格差社会の出現

 世界的なグローバリズム、ネット社会が日本社会の共通哲学となる中で、個人もまた従来の人格を保持したままではいられない。この自己崩壊を、著者は平成元年の宮崎事件とその6年後のオウム真理教事件の線上に求める。
 この辺りがこの書の核心部分ではないか。そしてこの二つを結ぶキーワードは「メディア」である。言い換えれば増殖するメディアによってリアリティの世界が変容していく。二つの事件はそのことを如実に物語る。1960年代の永山則夫事件とは決定的に違うところである。

 メディアがバーチャルの世界を創出し、リアルとの境界線をあいまいにしていく。それは別の角度からでもあぶりだせる。
 例えば小室哲哉=安室奈美恵と宇多田ヒカルである。彼ら(彼女ら)は、どこでもない世界、いつでもない時間、だれでもない人物を歌い上げる。宇多田の母である藤圭子までの世代なら、具体的な場所、時間、人が歌いこまれた。それとは明らかに違っている。あるのは、具体的な誰かへの感情移入ではなく、コスプレ化=パフォーマー化した自己=アイデンティティーの虚構化へと向かう姿である。まぎれもなくそれはネット社会が産み出したものだ。

 さて、そこから見えてくるものはなんだろうか。著者は終末論の世界(オウム事件で顕著に語られた)であり、ポイントオブノーリターンを越えてしまった日本の姿だという。少なくとも、過去の失敗に学ばない限りは。

 岩波新書、900円(税別)。

 


平成時代 (岩波新書)

平成時代 (岩波新書)

  • 作者: 吉見 俊哉
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2019/05/22
  • メディア: 新書

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現代を生き延びるファシズム~濫読日記 [濫読日記]

現代を生き延びるファシズム~濫読日記

 

「ファシスト的公共性 総力戦体制のメディア学」(佐藤卓己著)

 

 サブタイトル「総力戦体制」とは、第1次大戦から米ソ冷戦終結までの約70年間を指す(英歴史家エリック・ホブズボームによれば「短い20世紀」)。第1次大戦は主として独ソが国家総動員体制を競った時代であり、米国参戦と第2次大戦、そして米ニューディール政策、米ソ冷戦へと続いた。この時代は、別の言い方をすればプロパガンダの時代であった。国家による宣伝と扇動によって大衆が動員された時代だった。

 世界史的には、貴族社会からブルジョワジーによる市民社会の時代へと変遷する中で、プロレタリアートの時代はあったものの、それらを包括した大衆動員の時代=ファシズムの時代は明確な位置づけがなされてこなかった。黙殺された、ともいえる。日本でも戦時の軍国主義から戦後の民主主義社会へと、二つは対置する概念として語られることが多かった。果たしてファシズムは軍国主義とイコールなのか。ファシズムは戦後を生き延びてはこなかったのか。この辺りに著者の問題意識がある。

 

 ――ファシズムを戦後民主主義の反措定とする限り、否定すべきファシズムを私たちは客観的に分析することができない。

 

 ファシズムは現代をなお生き延びている。厄介なことにファシズムは、かつてのように褐色の装いでもテロルを背景としたものでもなく、多国籍企業と手を結び、大きな政府を形成する「笑顔のファシズム」(バートラム・グロス)でさえある。最大の誤解は、ナチの運動もそうだが、ファシズム自体は反民主主義ではない。民主主義の手続きを踏み国家主義、民族主義を掲げる。ファシズムとはあくまで方法なのだ。ヒトラーは大衆に黙れ、従えと言ったのではなく、もっと怒れ、もっと叫べと言ったのである。

 著者の指摘によれば、いわゆる公共空間はブルジョワ的から市民的へと変遷したが、そこでファシスト的公共空間の分析はなされたことがない。したがって、ナチによるプロパガンダ=宣伝戦は否定の対象ではあっても分析の対象ではなかった。このことが、書のタイトルを「ファシスト的公共性」とした背景としてある。なお、書の骨格を理解するためあえていえば、ファシズムの定義の中には、ナチの運動とともにソ連型社会主義運動、そして米国ニューディール政策も入る。ニューディールをファシズムの中に取り込んだことで、戦中ナチスで活動、戦後米国に渡り、再びドイツに帰ったメディア学者の思想的源流をナチの運動に求めることも可能になった(ノエル=ノイマン論争「過去からの密輸」)。

 ファシズムの台頭にはラジオの存在が大きい。ラジオは、文書中心だった大衆扇動を、演説を直接耳に届けるという機能によってより広範に、効率的に変えた。しかも、その過程でインテリと大衆という壁さえも一気になくした。ここにヒトラーだけでなくレーニンもルーズベルトも着目したのである。その中で、最も大衆宣伝の技術に長け、米国の商業広告の手法まで取り入れたのがヒトラーだった。

 こうしたファシズム論は日本の戦時体制の考察にも用いられる。ナチの宣伝技術は米国のマスコミ論と鏡像であり、日本の動員体制のパラダイムでもあった。ここで、赤神崇弘の「電体主義」に着目しているのが興味深い(「全体主義から電体主義へ」)。ラジオの登場を指すが、定義は今一つ不明瞭である。とはいえ、ラジオが全体主義の創出に威力を持つと指摘しているのは明らかで、その後のテレビ、インターネット、SNSというメディアの進展と全体主義の関連を射程に収める概念かもしれない。

 日本では、総力戦を指揮した官僚、メディアの関係者は、戦後もそのまま生きのびた。したがって、戦後の高度経済成長を支えた総力戦体制も戦前、戦中を引き継いだといえる。佐藤の視野はそこまで伸びているが、残念ながら詳述はない。次回を期待したい。

 岩波書店、2600円(税別)。

 

ファシスト的公共性――総力戦体制のメディア学

ファシスト的公共性――総力戦体制のメディア学

  • 作者: 佐藤 卓己
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2018/04/05
  • メディア: 単行本

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日本の諜報機関の現在と未来~濫読日記 [濫読日記]

日本の諜報機関の現在と未来~濫読日記

 

「内閣情報調査室 公安警察、公安調査庁との三つ巴の闘い」(今井良著)

 

 戦後日本が他国から「スパイ天国」と言われて久しい。戦前・戦中への反省から、本格的な諜報機関を作らなかったためだ。そんな折り、官邸一強と呼ばれる政治状況の中、対北朝鮮外交で安倍晋三政権は「強硬」から「対話」へと路線転換した。米国、韓国の太陽政策をにらみ、バスに乗り遅れたくないからだった。しかし、道筋をつけるのはだれか。小泉純一郎首相の電撃訪問の影には田中均という外務官僚がいた。米国、韓国にはCIA、KCIAという諜報機関がある。そこで首相が指名したのは外務省ルートではなく検察出身の北村滋・内閣情報官だった。

 首相の信頼が厚いこの人物は内閣情報調査室、つまり官邸が抱える諜報組織の元締めである。何かにつけ見え隠れするこの内閣情報調査室(内調)。いったい何をするところか。秘密調査機関であるから、もちろん全容は容易に公にならない。かつて首相にべったりといわれたジャーナリストが女性記者への強姦容疑で逮捕寸前まで行ったとき、最終的に止めたのは北村情報官だったといわれる。天下の公道を、大手を振って歩ける仕事ばかりでもないのだ。

 その内調について詳細に追ったのが今井良著「内閣情報調査室」。知られているように、日本で諜報機関と呼ばれるものは一つではない。他に検察庁筋の公安警察、法務省筋の公安調査庁がある。三つの機関は境界線が不明瞭で活動が重なるため、それぞれ触れざるを得ない。単独で書き切ることが困難なのだ。なお、公安警察については青木理の好著「公安警察」がある。

 本著は、三機関の総論、内調誕生の経緯、内調の活動ぶり、公安警察、公安調査庁の活動ぶり、内調のこれから、というかたちで展開する。

 三機関入り乱れての諜報活動なので、時に内調の人間が公安警察、公安調査庁によって追いつめられるという局面もある。第1章は、そんな象徴的なエピソードから始まる。そして、内調の組織図、活動ぶりへとポイントが移る。驚くべきは、日々の活動についての描写が細かいことだ。公刊情報と呼ばれる、ネットも含めた一般社会に流通する情報を徹底的に、それこそ「ごっそり」かき集め、分類し分析する。そこから逆に公開情報をつくる。すなわち世論操作、マスコミ工作を行う。記憶に新しいのは、前川喜平・文科省事務次官の「出会い系バー通い」報道であろう。著書では「総理の耳目」と表現しているが、時には総理の影の「口」でもある。

 興味深いのは、内調の情報収集を支える別動隊の存在だ。北朝鮮をチェックするラヂオプレスあたりは想像がつくが、NHKや共同通信、時事通信、内外情勢調査会あたりまでリストに入ってくると、流通するニュースも、一歩引いて構えてみなければならないのか、とさえ思う。

 オウム信者の犯行とみられていた警察庁長官狙撃事件。既に時効になったが、北朝鮮工作員の犯行説が消えないという。そういえば、時効に追い込まれた時の公安部長の会見は、なおオウム犯行説を主張するという異様なものだった。そのとき、公安警察の背後に何があったのか。

 公安調査庁は、破防法適用を判断するための機関である。しかし戦後、伝家の宝刀は抜かれたことがない。暴力的活動を理由に一切の団体活動を否定するだけに、憲法が保障する「集会結社の自由」と激しくぶつかる。オウム真理教に対してさえ適用を見送った。今や時代に合わせたアップデートが必要では、と著者は問う。

 では、これからの日本の諜報機関はどうなるか。外務省による一本化構想が浮かんでは消えるという。一方で内調や国家安全保障局(NSS=National Security Secretariat)については、首相の思い入れが強いという見方もある。内調トップやNSSの谷内正太郎局長についても、人的属性つまり首相の好みが大きいとされる。政権が代わったとき、今の比重のまま行けるのかどうか、不透明なのだ。とはいえ境界線があいまいなまま入り乱れて活動する今の諜報機関、いずれ統合が迫られるようにも思う。

 著者は「おわりに」で「内閣情報調査室をテーマにするのには勇気が必要だった」と述べている。本音だろう。とりあえず、書きにくいテーマを書いた勇気に拍手を送りたい。

 幻冬舎新書、840円(税別)。


内閣情報調査室 公安警察、公安調査庁との三つ巴の闘い (幻冬舎新書)

内閣情報調査室 公安警察、公安調査庁との三つ巴の闘い (幻冬舎新書)

  • 作者: 今井 良
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2019/05/30
  • メディア: 新書

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スリリングな心理小説~濫読日記 [濫読日記]

スリリングな心理小説~濫読日記

 

「あちらにいる鬼」(井上荒野)

 

 井上光晴は好きな作家の一人だった。本棚には全集を含めかなりの数の著作があったが、大学を出るとき手放した。もはや当時の心境を詳しくは思い出せないが、生活環境の変化につれて、多分もう読むことはないと思ったのだろう。したがって今、手元に彼の著作は一冊もない。おぼろげだが、日本共産党内での所感派と国際派の論争をバックにした小説があったように記憶する。何というタイトルだったか。

 瀬戸内寂聴は、瀬戸内晴美と名乗っていたころ、夫と子を捨て出奔した。その時の体験をもとに、若い男と不遇の小説家との間を揺れる「夏の終り」を書いた。最終的に選択した若い男との同棲生活にも倦み始めたころ、井上光晴と出会った。彼には家庭があり、当時5歳だった長女はその後、直木賞をとり父と同じ作家となった。

 こうして始まった、井上と妻と瀬戸内の26年にわたる奇妙な生活を、井上の娘の筆によって描いた小説が「あちらにいる鬼」である。著者を含め、当事者が実在した、もしくは実在するだけに、実話小説(モデル小説)、不倫小説の次元でとらえがちだが、おそらくそれは間違っている。読んだ印象を一言でいえば、3人の愛憎を超えた奇跡のトライアングルの上に成立した心理小説、といえる。

 白井篤郎という小説家像が、二人の女(笙子と長内みはる)の視線によって交互に描かれる。というより、白井を見る視線の内側にひそむ二人の女の心理が描かれる、といったほうが正確かもしれない。二人とはむろん白井の妻と瀬戸内であり、白井とは井上である。瀬戸内とはこのとき、世間の常識からすれば不倫関係ということになる。しかし、この関係をただ三角関係と呼んでいいのかどうかは分からない。三人を見ている井上荒野という存在がいるからだ。ひょっとすると、小説は四角関係を描いているのかもしれない。しかし、それはどうでもいいことといえる。なぜなら、これは実話小説ではなく心理小説の域にあるからだ。

 妻の笙子は、もちろんみはると夫の長年の関係を知っていた。それでいながら、みはるが晩年、出家後に勤行をしていた岩手の寺に、勧められるまま墓所をもうけた。その心境はこう書かれる。

 ――触れないこと。口にしないこと。結局、長内さん所縁の墓地に篤郎を埋葬することに決めたそれが一番の理由だったのかもしれない。

 そして妻は、こう言い残し世を去る。

 ――一緒のお墓に入ってあげないとチチがかわいそうだからね。

 一人の作家をめぐる愛憎を薄皮一枚で覆い、奇妙な連帯感と友情にひたる二人の女。その心理に分け入る作家の娘。島尾敏雄「死の棘」を別格とすれば、近年、日常を描いてこれほどの覚悟と緊張感にあふれた作品を知らない。

 朝日新聞出版、1600円(税別)。

 


あちらにいる鬼

あちらにいる鬼

  • 作者: 井上 荒野
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2019/02/07
  • メディア: 単行本

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「安保の今」を考えるための最適の一冊~濫読日記 [濫読日記]

「安保の今」を考えるための最適の一冊~濫読日記

 

「日米安保体制史」(吉次公介著)

 

 トランプ米大統領が日米安保の不公平性、非対称性に言及している(2019.6.26 FOXビジネスのインタビュー)。何者かに日本が攻撃された場合、米軍が日本を守る義務はあるが、米国が攻撃された場合、日本は守る義務がない、という。トランプ発言は当たっているのか。そのことを考えるため「日米安保体制史」を読んだ。

 読後感を簡単にまとめると、①これまで安保条約を対象とした書はいくつかあるが、ほとんどが条約成立時に光をあてており、米ソ冷戦後にまで目配りしたものは、この書を除いてあまりない②条約を取り巻く国際情勢、国内政治まで網羅、骨太の安保体制史といえる③安保の変質、転換点での天皇の発言が簡潔に紹介され、天皇が必ずしも戦後政治と無縁ではなかったことが明らかにされている④基地問題への目配りがきいている⑤その割にコンパクト―といったところか。

 知られているように、日米安保条約はサンフランシスコ講和条約の調印直後、米陸軍下士官クラブの一角で吉田茂首相が単独で署名した。全権団全員が署名した講和条約とは違っていた。GHQ占領下から独立した日本が、代償として米軍基地をいつでもどこでも造ることを受け入れた瞬間だった。条約の不公平性を吉田が単身で引き受けたのだった。

 60年安保は、米ソ冷戦下、日本の針路をどう考えるか、という大テーマの下、自由主義陣営の一員としての地位を確立しながら米軍による日本防衛を義務として条文に書き入れたことの意味を問うた国民的争議だった。戦争巻き込まれ論が国民的な共感を呼ぶ中、岸信介首相から見れば、日米安保の不公平性解消に努めたのであった。

 沖縄の施政権返還がなければ日本の戦後は終わらない、といったのは佐藤栄作首相であった。72年に沖縄は返還されたが、そこには核兵器持ち込みや基地返還の際の財政負担をめぐる密約があった。安保条約は日米間の不公平性の縮小へと向かったものの、同時に密約の存在という不透明性を帯びたのである。

 沖縄の施政権返還後、福田、大平、中曽根の歴代首相は日米同盟を口にした。同盟とは無論、軍事を含む。特に中曽根康弘首相(82年~)はレーガン大統領と「ロン・ヤス」と呼びあう緊密な関係を築き、同盟を不動にした。

 この辺りまでの安保体制史はこれまで目にしてきた。「日米安保体制史」の特徴は、この後、即ち米ソ冷戦後の安保体制がどう生きのびてきたかに多くのスペース(3分の1強、約80㌻)を費やしている点にある。この「米ソ冷戦後の安保」こそ今日、議論されるべきテーマである。吉田の決断した「軽武装・経済優先」路線は戦後保守政治の中で一定の評価が与えられてきたように思う。しかし、ポスト冷戦時代の「湾岸戦争をめぐる国際貢献」の問題、その後のアジア太平洋地域の安定のための要石としての日米統合運用=安保再定義=の問題、テロとの戦いの中での日米安保のグローバル化の問題は今なおINGの議論で決着はついていない。トランプ大統領が言及したのも、この辺りの生煮え感があればこそだと思われる。

 2015年、訪米中の安倍晋三首相は安保を「希望の同盟」としたが、これはとても額面通りには受け取れない。集団的自衛権の行使が可能な新安保法制を施行させたが国民的な理解があるとはいえず、基地問題も依然大きな火種である(この書の表現を使えば「アポリアとしての米軍基地問題」)。

 いま、米国とイランの関係が一触即発状態になりつつある。ポスト冷戦→自衛隊のグローバル化=集団的自衛権の行使という局面で安保はどう機能するのか。そうしたテーマに即して考えるには、最適の一冊といえる。

 岩波新書、860円(税別)。

 


日米安保体制史 (岩波新書)

日米安保体制史 (岩波新書)

  • 作者: 吉次 公介
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2018/10/20
  • メディア: 新書

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満洲国の総括=葬式は誰が出すのか~濫読日記 [濫読日記]

満洲国の総括=葬式は誰が出すのか~濫読日記

 

「キメラ―満洲国の肖像」(山室信一著)

 

 赤坂憲雄著「北のはやり歌」は、なぜか「北」を目指す歌謡曲の謎を追っている。その代表格ともいえる「北帰行」も当然、俎上に載せられている。旅順高の寮歌が元歌で、作詞者が幼少期を過ごした満州を故郷として偲んだ、といわれる。ただ、小林旭が歌った「北帰行」とは、1番を除いて詞が大幅に組み替えられている。それでも赤坂は、この歌に「近代の裂け目」を見る。

 ―日本の近代にとって、もうひとつの「北」がそこに見え隠れしていることを忘れてはならない。満州国という名の、もうひとつの「北」である。

 「北」の持つ冷涼で寂寂としたイメージには、傷ついた心を癒す何かが含まれている、という赤坂は、ここで「満州」を重ねる。知的デカダンと反抗の末に「北」への望郷歌を生み出した旅順高生・宇田博にとって、「満州」とは何だったのだろう。

    ◇

 1932年に中国東北部に登場、13年後に姿を消した「満洲」は、今も我々日本人に一筋縄ではいかない感慨をもたらす。軍部の策略によってもたらされた傀儡国家であり、日本の近代が行きついた植民地政策の象徴でもあった。そこには、抜きがたいアジア民衆への差別感情があり、それとは裏腹に西欧文明社会にはなかった「王道楽土」の理想主義があった。これを、軍部の暴走という一言で葬り去るのは簡単である。事実、戦後思想は「満洲」を黙殺してきた。

 「キメラ―満洲国の肖像」は、こうした「満洲」の姿かたちを余すところなく掘り下げた一冊である。満蒙の権益をめぐる日ロの争い、領有論と独立国家建設論、石原莞爾の「世界最終戦論」。五族協和を掲げ、王道楽土=資本主義でも社会主義でもなく、反政党政治による新天地建設。しかし、近代国家は中国の民には果たせない、という決定的な民族差別が苛烈な階層社会を形成したという。

 石原莞爾はある座談会で、一人の中国人の言葉に感銘を受ける。于沖漢の保境安民・不養兵主義である。しかし、中国東北部に争いも差別もない社会を築く、という目標は、日本人絶対優先思想の中で崩れ、兵を持たないという思想は対ロシア戦線の防御は関東軍に任せる、ということでいずれも絵に描いた餅になった。

 こうした中で山室は、一人の日本人ジャーナリストを紹介している。橘樸(たちばな・しらき)。魯迅が「中国人よりも中国のことを知っている」と評した。中国民衆に無限のエネルギーを感じ、平等主義・対等主義を唱えた。その橘でさえ、反資本、反政党を鮮明にした関東軍に夢を託した。満洲事変をアジアと中国民衆の解放と捉えた。それは、貧困にあえぐ日本改造の契機としたのである。橘でさえ、日中非対等の罠に陥ったのである。

 満洲居留民は4千万人といわれた。しかし、滿洲国民は一人もいなかった。国籍法がなかったからである。なぜか。山室は、国籍法を阻む日本人の心情があったのではないか、と推測する。

 「増補版のためのあとがき」で、山室は「日本国家は満洲国の葬式を出していない」とした竹内好の言葉を紹介している。この言葉は、いまも重いように思える。

    ◇

 「キメラ」とは、複数の遺伝子構造を持つ生き物のことである。もともとは、ギリシャ神話に登場する動物を称した。頭はライオン、胴体は羊、しっぽは毒蛇(山室は著書の中で「しっぽは龍」としている)。もちろん、さまざまな思惑の中で人工的に作り上げられた満州国を指している。頭のライオンは関東軍、胴体は天皇制を指すとすれば、しっぽは清国の末裔溥儀を指す。その意味では、しっぽは蛇より龍が似合っている。

(「満洲」は冒頭「北のはやり歌」の部分を除き、「満州」とはせず山室の著書の表記に従った)

 中公新書、960円。

 


キメラ―満洲国の肖像 (中公新書)

キメラ―満洲国の肖像 (中公新書)

  • 作者: 山室 信一
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2004/07/01
  • メディア: 新書

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曖昧情報に耐える力を~濫読日記 [濫読日記]


曖昧情報に耐える力を~濫読日記

 

「流言のメディア史」(佐藤卓己著)

 

 「ポスト真実」「フェイクニュース」…。メディアの周辺ではこのような言葉が飛び交っている。SNSの進展が著しい今日では、裏打ちのない「ニュース」が瞬時に地球を駆け巡る。マーク・トウエーンの言葉を借りれば「真実が靴の紐を結ばぬうちに、虚偽のニュースは世界を一周してしまふ」(「流言のメディア史」6P)。新聞を念頭に発せられたが、まさにネット社会の今こそ当てはまる。

  「流言のメディア史」の著者・佐藤卓己は「神話解体の名手」として知られる。「ナチのプロパガンダ」という神話、アジア・太平洋戦争は8.15に幕を閉じたという神話を実証的な視線で解体して見せた。今度はそのメスを流言飛語にあてたのである。その動機は、まぎれもなくデジタル化、ネット化が進むメディアの時代だからこそ流言飛語は増殖する、という点にある。それゆえ佐藤は、タイトルを「流言のメディア史」とした。つまり、ここでいう流言はくちコミではなく、メディア上に現れた曖昧情報を指す。さらに「メディア論はメディア史である」という彼の持論に沿って「流言のメディア論」とはならなかった。

  取り上げたのは1938年のハロウィン前日に放送された「火星人来襲」のラジオドラマに端を発した「全米パニック」という神話、1923年の関東大震災で「自警団パニック」が起き、朝鮮人虐殺に結び付いたという神話、1936年の226事件での情報統制と流言飛語との関係、「ヒトラー神話」の戦後史などである。いずれも、曖昧情報とどう向き合うか、すなわち情報リテラシーというべきものの必要性を根底に置いている。

  このうち「『ヒトラー神話』の戦後史」の章をピックアップしてみる。ヒトラーは戦後、絶対悪として存在してきた。ニーチェが「神は死んだ」と喝破、絶対善の基準点が消滅したことで、絶対悪の参照点としてヒトラーは戦後を生き延びた。それゆえ我々の周辺では「○○は○○のヒトラーだ」というレトリックが存在する。一種のヒトラー神話だ。これが何らかの状況の中で逆転現象を起こさないか。そのことをチェックしていかなければならない。そのためにはヒトラー神話に感情的に反応するのでなく、知的な理解が必要だと佐藤はいい、実例として、ヒトラー主義者である「少年A」が書いた「絶歌―神戸連続児童殺傷事件」刊行をめぐる議論を取り上げた(佐藤はこの書の刊行を規制すべきでないという立場に立つ。もちろん「流言メディア」ととらえたうえで)。

  「情報とどう向き合うか」という観点からすると、日本人にとって最も重要な課題は戦時中の「大本営発表」であろう。佐藤は、実は大本営発表は虚偽であると大半の日本人が見抜いていたとする。それゆえに終戦後のGHQが巧妙な検閲体制の一方で新聞各紙に「太平洋戦史」を掲載させ、ラジオ番組「眞相はかうだ」を流させた時も、そのプロパガンダ性をいち早く見抜いていたと見る。「真相とは疑うべきもの」として、日本の大衆はメディアに接したのだ。

  なお、評論家の松浦総三が当時、過激な暴露路線で知られた共産党系雑誌「眞相」の精神をゆがんだ形で受け継いだのが週刊新潮、という視点は興味深い。最近では「文春砲」の方が勢いがあるが、これも基本路線は偶像や神話を標的にした「真相はこうだ」である。

  近い将来、AI時代が来るといわれる。質の悪い情報(たとえばヘイト情報)や信頼度において欠陥のある情報をAIが事前排除する、あるいは政治的に偏向した情報を排除する、そうして安全な情報だけが手元に来る時代が来たらどうだろうか。それは不幸な時代ではないかと佐藤は言う。確かに、曖昧情報を含めて我々の周辺にあり、その中から選択するからこそ我々は理性を働かせることができ、議論が可能になる。必要なのは事前のクレンジングではなく曖昧情報に耐える力である。ここに、この書を世に問うた意味がありそうだ。

  岩波新書、900円(税別)。


流言のメディア史 (岩波新書)

流言のメディア史 (岩波新書)

  • 作者: 佐藤 卓己
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2019/03/21
  • メディア: 新書



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タブーなく「戦後」を問い直した労作~濫読日記 [濫読日記]

タブーなく「戦後」を問い直した労作~濫読日記

 

「検証『戦後民主主義』わたしたちはなぜ戦争責任問題を解決できないのか」(田中利幸著)

 

 「戦後」を「平和と民主主義の時代」と言ってしまうとき、わたしたちは何か割り切れないものを精神のどこかに抱えていることに気づく。確かに、今は「戦争をしていない」という意味では「平和の時代」なのかもしれない。しかし、この平和がどこから来たのか、その由来について、あるいは思想的裏打ちについて、わたしたちは語ることができない。同じことが「民主主義」についてもいえる。何かを置き忘れたまま、あるいは何かを徹底的に問い詰めないまま、私たちは「戦後」という時代を生きてしまっているのではないか。

 もし、あなたが上記のような思いを心のどこかに抱えているなら、この「検証『戦後民主主義』」を読んでみることだ。あらゆるタブーが取り払われ、「戦後」という時代の再構築が試みられている。入り口は「戦争責任」であり、主なキータームは天皇制、空爆と原爆、憲法である。

 著者はまず、近代日本の戦争史を振り返る中で天皇がどれほどのかかわりを持ったかを追及する。当たり前だが、天皇は陸海軍の統帥権の頂点にあったのだから本来、責任は免れようがない。事実、日本の敗戦時には米国を除く連合国軍の形成国は天皇の戦争責任追及を構えていた。寸前で食い止めたのはGHQのマッカーサー最高司令官であった。背景には、ソ連という新たな敵を見すえての、国家総動員体制の継続・維持があった。そのためのリモコン装置として天皇制継続がもくろまれたのである。

 ここから、戦後憲法において第1条(天皇制)盛り込みのために第9条(戦争放棄)が不可欠だったという、いわゆる1条・9条セット論が展開される。軍国主義の象徴的存在である天皇を生きのびさせるためには、日本の軍備の完全放棄を宣言することが避けられなかったのだ。

 こうして、政治的思惑から天皇制は憲法に盛り込まれた。民主主義社会実現のための要請からではなかった。それゆえ民主主義の理念と天皇制は激しく矛盾する。そのことは著者の指摘の通りである。

 著者は永年、米軍が日本に加えてきた空爆の事実検証を行ってきた。紙と木でできた日本家屋を壊滅させるための有効な手段としてナパーム弾が開発され、空爆のための「空の要塞」B29を大量生産し、100を超す都市で火炎地獄が展開された。犠牲になったのは直接、米国へ被害をもたらすとは思えない一般市民である。こうした攻撃を可能にしたのは総力戦の思想、もしくは戦略爆撃の思想であった。これは米国の加害責任として問われるべきだが、その先駆けとなった日本、ドイツの空爆の歴史にも追及のメスは向けられる。その意味では、原爆も空爆も同じ線上にある。ところが、原爆については「被爆者」はいるが投下責任を問う声は驚くほど少ない。このことは、オバマ米国大統領が2016年5月に広島を訪れた際の「惨状」を見れば明らかである。

 原爆については、「平和のための聖なる犠牲」という論理展開に、小田実の「戦敗国ナショナリズム」という概念によって異議を唱えた。「平和への犠牲」とは、いまも広島を覆う精神風土を言い表す言葉だが、背景には戦争の肯定化がある。小田が言う通り、空爆によっても原爆によっても、死んでいったものは犬死であり「難死」だという認識から戦後思想は出発すべきものなのだ。

 戦後の日本は「一億総ざんげ」、即ち、すべての国民に責任がある、言い換えれば、だれも責任を負わないという形でスタートした。その頂点に「人間天皇」がいた。不思議なことに天皇は「加害責任」の頂点から「一億総被害者」の頂点へと、その位置を移したのである。この立ち位置はいまも続いている。

 「戦後」に関する著者の論理展開は、実に多岐にわたっている。とてもすべてを紹介しきれない。これ以上のことを知りたい、あるいは考えたいと思う人は是非一読願いたい。労作である。

 三一書房、2800円(税別)。

 


検証「戦後民主主義」 (わたしたちはなぜ戦争責任問題を解決できないのか)

検証「戦後民主主義」 (わたしたちはなぜ戦争責任問題を解決できないのか)

  • 作者: 田中 利幸
  • 出版社/メーカー: 三一書房
  • 発売日: 2019/05/13
  • メディア: 単行本

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「いま」を読むための絶好のカタログ~濫読日記 [濫読日記]

「いま」を読むための絶好のカタログ~濫読日記

 

「日本の同時代小説」(斎藤美奈子著)

 

 気がつけば、「いま」をテーマにした小説を読むことが少なくなった。評論、ノンフィクションは手にすることはあっても、小説から足が遠のいていた。なぜだろう。それを考えるためにも「日本の同時代小説」を手にした。齊藤美奈子は私と7歳違い、一回りとはいかなくとも半回りぐらい後の世代である。その著者が冒頭、近現代小説をカバーする解説書は、1960年代後半で途切れている、と書く。それが、この書を書く動機でもあったという。

 なぜこの50年間、同時代小説をテーマにした解説書が書かれなかったか。

 思えば、70年代末ごろから日本では「ポストモダン」がもてはやされた。文学も例外ではなく、近代のルーツを問わない作風がもてはやされた。現代小説の俯瞰作業の停滞には、こうしたことも影響しているかもしれない。しかし、そういってしまえば元も子もないので、斎藤は地道に近代と現代との接点を追っている。

 その際のカギ、もしくは通路となるのは「私小説」と「プロレタリア文学」である。いうまでもなく、日本の近代文学を支えた二大ジャンルである。斎藤は「私小説」について、ヘタレ知識人のたわけ自慢、貧乏自慢と痛快に切って捨て、プロ文については、肝心の労働現場が描かれていない、とする。そしてこれらは手を変え品を変え、脈々と引き継がれた、という。

 80年代を飾ったのは、青春小説の爆発であった。この系譜も、実は60年代からあった。まず「されどわれらが日々―-」(柴田翔)と「赤頭巾ちゃん気をつけて」(庄司薫)である。二作に共通するのは、知識人予備軍の悶々たる思いである。70年代にはこれらへのアンチテーゼが登場する。「青春の門・筑豊編」(五木寛之)や「青葉繁れる」(井上ひさし)。80年代には、大衆消費社会の爛熟を反映した作品が象徴的な存在になった。田中康夫の「なんとなくクリスタル」である。島田雅彦の「優しいサヨクのための嬉遊曲」と合わせ、ポストモダンの気分が醸し出された。

 2010年代は3.11を経て「ディストピアの時代」だった。こうした風潮を受けて、ポストモダン風の労働小説なるものが登場した。「工場」(小山田浩子)や「コンビニ人間」(村田沙耶香)である。かつて労働現場を書くことがなかったプロ文が、労働現場を書くプロ文としてこの時代に開花したともいえる。ほかにも、若者に過酷な労働を強いるブラック企業の存在が、数々のプロ文作品(2000年代以降はプレカリアート=不安定被雇用者=文学)を生み出した。

 リリー・フランキー「東京タワー――オカンとボクと、時々、オトン」(2005年)はベストセラーになった。上京小説であり母への鎮魂小説、涙と感動の物語。貧困経験を絡めた、これもまた私小説であろう。私小説の流れは途切れないのである。

 というわけで、この書は同時代小説の解説本というよりカタログ、もう少し上品に言えば針路図といったものである。そこに、著者独特の率直な言い回しがピリッとした味付けになっている。例えば渡辺淳一「失楽園」について「美食三昧、性交三昧。バブル時代を懐かしむかのような小説」。あるいは見延典子「もう頬づえはつかない」や中沢けい「海を感じるとき」が売れたのは「読者のスケベ心を刺激したから」といった分かりやすい結論にそれを見ることができる。

 岩波新書、880円。


日本の同時代小説 (岩波新書)

日本の同時代小説 (岩波新書)

  • 作者: 斎藤 美奈子
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2018/11/20
  • メディア: 新書

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