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悲惨な体験は継承されるのか~濫読日記 [濫読日記]


悲惨な体験は継承されるのか~濫読日記


「兵士たちの戦後史 戦後日本社会を支えた人たち」(吉田裕著)


 アジア・太平洋戦争が終わって、もうすぐ80年。当時の20歳は100歳である。戦争を知る世代がいなくなっていく。
 「兵士たちの戦後史」の著者・吉田裕は、軍人恩給の受給者数などから「2006年度末の兵士体験者の生き残りが下限で40万人」とする新聞報道を紹介。こうした軍隊体験者の減少を表す現象として戦友会解散を挙げる。この調査から17年が過ぎた。体験者の減少は加速度的に進んでいるだろう。
 吉田は、加藤典洋の一文を引き、こうも指摘する。日本とドイツは義によって死者を弔えない戦争を戦った。そのため敗戦の責任のすべては軍部に押し付けられ、兵士体験者たちは個人レベルの戦争体験が社会的に意味づけられることはなかった。そうしたわだかまりを抱えたまま、戦後を生きてきた。
 戦場体験者がいなくなり、一つの時代が終わる。「戦後」の終わりといっていいだろう。吉田が「兵士たちの戦後史」に手を付けた背景には、こうした切迫感がある。

 本書で、戦後史は大きく五つに区切られる。戦場体験が出発点である。①戦病死という名の事実上の餓死者が大量に発生した②艦船沈没による海没死が多かった③従来なかった特攻死の出現。こうした体験を抱えた復員兵が帰還した。船内では旧上官に対するつるし上げが行われたという。興味深いのは、元兵士が必ずしも温かく迎えられなかったこと。
 「お前ら兵隊が負けたから内地のものまで…」という罵りの言葉も紹介される(34P)。兵士は国民のためでなく、天皇のために戦った、そうした思いが復員兵に対する視線の冷たさを生んだ(41P)。
 講和条約の発効、朝鮮戦争特需によって日本は戦後復興へと踏み出した。戦犯の復権も進んだ。併せて旧軍人団体の結成も見られた。旧陸士卒業者を中心にした「偕行会」は戦前からの組織を復活させた。「水交会」は海軍兵学校の卒業者を中心とした組織で、これも復活した。いわゆる戦友会の始まりといえよう。

 講和条約の発効前後から、戦争体験を振り返る「戦記もの」が登場する。初期は将校クラス、続いて兵士による戦記があふれたが、それぞれ限界があった。将校は現場を知らず、兵士は全体の状況を知らされていなかった。そんな中で「二等兵物語」がブームに。「結局、戦争そのものには疑問を持たないものの、軍隊を全面的に肯定する議論にも、また逆に全面的に否定する議論にも反発しつつ、軍隊生活にある種のノスタルジアを感じる人たちが存在することを(略)示している」と吉田は指摘する。こうした心情が、高度経済成長期からその後の戦友会の活発化の力になったのではないか。

 高度経済成長を迎え「敗戦のトラウマ」を克服した日本は「平和国家・文化国家」の路線を選択する。このころの経済を支えた中堅世代は戦中派である。彼らが平和国家を選択したといえる。
 精神的な余裕が生まれ、戦友会が各地に発足したのもこのころ。「戦友会研究会」の調査では、1960年ごろから増え始めた。性格は一様ではないが、目的の多くは「慰霊」と「親睦」。小規模のものが多く、かつての序列を持ち込むことは嫌われた。「加害行為」への言及もご法度だった。メンバーが高齢化するにつれ記念碑や慰霊碑の計画が持ち上がり、組織の大規模化が進む。一方で、戦時下の体験(体罰など)を受け入れられず、入会を拒否し続けた人も多かった。

 「わだつみの会」が寄贈した立命館大学構内の「わだつみ像」が1969年、全共闘系学生によって破壊された。「戦後の平和主義に対する挑戦」と紋切り型の非難を浴びせた共産党は別にして、吉田は「(そこに象徴された)『「戦後民主主義』の日本は管理社会と化した『先進帝国主義』であった」(福間良明「『戦争体験』の戦後史」)を引き、真摯な目を向けた(170P)。戦争体験者が激減した今日、「継承」は大きなテーマだが容易でないことを、この事件は示した。

 55年体制の崩壊によって生まれた非自民政権は、かつての戦争の侵略性を認める方向に舵を切った。これに戦場体験者は拒否反応を示した。「英霊」は「加担者」だったのか―。1993年12月8日付読売に「内容が断定的」と掲載を拒否された意見広告のエピソードが興味深い。最終的に翌年の産経新聞に掲載されたが、さすがに「アジア解放のための聖戦」とする文言はなかった。体験者も遺族も、迷いながらあの戦争の意味を考え続けている、ということだろう。
 冒頭に書いたように、遠くない将来、あの戦争を知る人たち、特に戦場の悲惨さを知る人たちは確実にいなくなる。どう体験を引き継ぐかを考えるための貴重な一冊である。
 岩波現代文庫、1540円。


兵士たちの戦後史: 戦後日本社会を支えた人びと (岩波現代文庫)

兵士たちの戦後史: 戦後日本社会を支えた人びと (岩波現代文庫)

  • 作者: 裕, 吉田
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2020/02/16
  • メディア: 文庫

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