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反乱する肉体~映画「ザ・ホエール」 [映画時評]

反乱する肉体~映画「ザ・ホエール」


 意識は肉体をまとう。完全な健康体なら、肉体は意識の対象とならず無と化す。ちょっとした病になると、途端に意識の中に浮上する。特殊な事例では、スポーツ選手にとって肉体は養成の対象ですらある。
 「ザ・ホエール」が描くのは、こうした意識と肉体の関係である。体重272㌔。極度の高血圧とうっ血性心不全の発作に悩む。歩行器がなければ歩くこともかなわず、日常的な活動はほぼ不可能。極度の肥満が、こうした事態を招いた。反乱する肉体を制御できないでいる。

 なぜ、チャーリー(ブレンダン・フレイザー)は肥満症に陥ったか。彼には肉体関係を持つ同性のアランがいた。カルト宗教の伝道師だったが生き方に悩み、自殺する。この時すでに妻メアリー(サマンサ・モートン)と娘エリー(セイディー・シンク)を捨てていたチャーリーは自責の念に駆られ、苦しみから逃れるため過食を繰り返した。
 訪問看護師リズ(ホン・チャウ)の見立てから、チャーリーは余命いくばくもないと知る。ある大学のオンライン講座で文章の書き方を教えていたが、PC画面には「カメラの故障」と称して自らの姿を映さなかった。その講座も最後になり「正直に生きよう」と宣言して肥満した巨体を学生の前にさらけ出した。最後に成し遂げたかったのは妻と娘との関係修復だった。二人を呼び寄せた。
 捨てられた過去を根に持つ娘は、冷笑的だった。妻もまた気まずく対応した。

 ハーマン・メルヴィルの「白鯨」が重要なモチーフになっているのは、娘エリーが書いた「白鯨」についてのエッセーを、チャーリーが繰り返し読んでいることから分かる。彼女が入り口に立ち、チャーリーに「ここまで来てごらん」と挑戦的に手招きするシーンは、モーヴィ・ディックとエイハブ船長のようだ。日本名「白鯨」は米国版こそ「Moby-Dick; or The White Whale」だが、英国版は「The Whale」である。チャーリーにとっても、肥満した巨体は反乱する白鯨そのものだった。
 一幕ものの室内劇で語られるのは、死期を知りながら反乱する肉体と格闘する男の物語である。
 2022年、米国。監督ダーレン・アロノフスキー。


ザ・ホエール.jpg



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