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緊迫感ある美しい画調~映画「崖上のスパイ」 [映画時評]

緊迫感ある美しい画調~映画「崖上のスパイ」


 チャン・イーモウ監督による満州を舞台としたスパイ映画。個人的な見どころが二つあった。繊細で美しい画調で知られる巨匠にとってスパイ映画(というかアクション映画)は初の試みと思われた。どんな作品になるのか、が一つ。もう一つは、中国の監督が満洲をどのように見てどう表現するのか。

 日本による満洲建国から2年後の1934年冬。雪の森に4人の工作員がパラシュートで降り立った。すぐ追手がかかり、二手に分かれ潜行する。彼らはある計画の密命を帯びていた…。
 ハルビンの特務機関との攻防が始まる。
 ソ連で訓練を受けた特殊工作員だった。リーダーは元新聞記者の張憲臣(チャン・イー)。抜群の記憶力を持ち、あどけなさが残る小蘭(リウ・ハオツン)を連れている。もう一つの班の王郁(チン・ハイルー)は張の妻で、ハルビンに幼い姉弟を残していた。あと一人、楚良(チュー・ヤーウェン)は小蘭の恋人だった。明かされたプロジェクト「ウートラ」(ロシア語で「夜明け」)とは…。
 満州国内に「生きて出られない」という日本軍の極秘収容施設があった。前代未聞の脱獄事件が起き、直後に施設は爆破された。何を隠そうとしたのか。ただ一人逃げ延びた王子陽(実在の人物)を探し出して国外に逃亡させ、日本軍が葬ろうとした犯罪を世界に知らせる。これが目的だった。

 ところが、満州国内で受け入れ側に裏切りがあり(処刑と引き換えに口を割らされた)、リーダーの張が拘束され、拷問ののち大量の幻覚剤を打たれて計画をしゃべってしまう(最終的に脱走を図って追い詰められ服毒自殺)。一方で特務機関側にも中国共産党から送り込まれたスパイがいた。こんな攻防戦が、雪のハルビンで展開する。
 追う方も追われる方も黒ずくめで、中国系である。敵味方が判別しにくいのが難点。しかしその分、フィルムノワールを思わせ雰囲気は十分。ベルナルド・ベルトルッチ監督「暗殺の森」を思わせる美しさもある。ハルビンが冷戦下のベルリンに見えてくる。

 「敵味方の判別のしにくさ」の裏には、計画の標的である日本軍が出てこないことも影響しているのではないか。日本軍は「絶対悪」として設定されており、明確な形で登場させれば善悪をめぐる歴史上の座表軸も明らかになり、敵味方もはっきりするはずだ(例えば欧米で第二次大戦を描く場合、ナチスドイツは常に「絶対悪」として設定される。そのことが善悪の座標軸を分かりやすくしている)。
 日本軍を登場させなかったのはなぜか、監督に聞いてみたい気がする(ハルビンの特務機関員は制服のデザインから満洲国のそれと分かる)。

 難点はあるものの、さすがのつくりである。ハルビンは古くから交通の要衝でロシア、欧州の窓口だった。そうした国際都市の雰囲気も生かし、一方ではぐれた姉弟と母の再会といった泣かせ所もある。
 最後、タイトルで損をしているなあ、と思う。原題は「懸崖之上」。断崖絶壁の上にいるような、絶体絶命の世界とでもいった意味だろう。邦題からは、まるで崖の上でスパイ同士が戦っているような軽い印象を受ける。
 雪のハルビン、カーチェイス、黒ずくめの工作員。そのどれもが美しい。特に小蘭のリウ・ハオツンは…。
 2021年、中国。


崖上のスパイ.jpg


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