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現代に引きずってはいないか組織的欠陥~濫読日記 [濫読日記]

現代に引きずってはいないか
組織的欠陥~濫読日記


「失敗の本質 日本軍の組織論的研究」(戸部良一氏ら著)


 日本軍の敗戦を組織運用の側面から分析した。つまり、この書は歴史書でも戦史書でもない。先の大戦【注1】を歴史の中で見れば、国力で圧倒的に開きがある相手になぜ戦いを挑んだのか、という問いへの答えがあるべきだが、それはない。日本軍という組織はなぜ大東亜戦争に対応できなかったのか、がすべてである。つまり、組織論から見た日本軍の敗因の追究である。そこでまず、軍隊について次のように定義する。

 ――そもそも軍隊とは、近代的組織、すなわち合理的・階層的官僚制組織の最も代表的なものである。

 よく言われるが、軍隊は行政組織である。しかも機能上、最も無駄のない、効率的に動く組織体でなければならない。では、日本軍はそのようなものであったか。

 ――日本軍には本来の合理的組織となじまない特性があり、それが組織的欠陥となって、大東亜戦争での失敗を招いたと見ることができる。

 ここでいう「特性」とは何か。なぜそれは排除されなかったか。その答えが、以後追究される。そのために、日本軍の典型的な失敗例と思われる六つの戦いを取り上げる。①ノモンハン事件②ミッドウェー海戦③ガダルカナル攻防戦④インパール作戦⑤レイテ沖海戦⑥沖縄戦―である。いずれも、今もって謎の多い作戦行動だった。その謎を解き明かすことが、日本軍の組織的欠陥を明るみに出すことになるのではないか。そうした視点で、分析が試みられる。
 ノモンハンは、日本軍が機械化された戦争、つまり現代の戦争に初めて遭遇した事例である。そのことの分析と反省はなされたか▽ミッドウェーは、戦う前に相手方に暗号がすべて解読されていたことが致命的だった=情報戦の軽視▽ガダルカナルは、米軍が太平洋の制空権獲得のため戦略的に動いたにもかかわらず日本はそれを見抜けず、少数部隊で対応を図ったことが後あとまで尾を引いた=グランド・デザインの欠如▽インパールは、初めから無謀と思われた作戦が、なぜ立案されるに至ったか。そこに組織的欠陥はなかったか▽レイテでは、栗田艦隊謎の転進があった。背景に、大本営と前線司令官との間の戦略観の違いがあった▽沖縄もまた、大本営と現地司令官の間に戦略をめぐる齟齬があった―。

 これらの事例に米軍との組織的違い(上記六つの戦いのうち四つは日本軍対米軍だった)を重ね合わせ、日本軍失敗の原因と背景を抽出していく。
 戦略面で見ると、米軍の目的性の明確さに比べ、日本軍は曖昧だった▽米軍の長期的視点に比べ、日本軍はつねに短期志向だった【注2】▽米軍は戦略オプションを常に考慮したが日本軍はオプションなし、つまり不測の事態が起きた時の対応策(コンティンジェンシー・プラン)がなかった▽技術体系は、米軍の標準化志向に対して、日本軍は一点豪華主義=ゼロ戦と大和が代表例=であり、その他は日露戦争当時の兵器に頼った=三八式歩兵銃が典型例。
 組織論的には日本軍が人的ネットワークを重視したのに対し、米軍はシステム重視の構造主義だった。そこから生まれる学習法は日本がシングルループなのに対し米軍はダブルループ、評価法も、日本が動機・プロセス重視、米が結果重視だった。
 どうしてこのような差が生まれたか。この書では、パラダイムシフト(戦略的なものの見方の転換)が、日本軍で行われなかったためとする見方を示している。

 日本の近代を見ると日清、日露戦争で勝利したが、第一次世界大戦はほとんど交戦体験を持たなかった【注3】。しかし、世界はこの大戦で戦略、戦術、兵器技術の面で大きく変わった。日本はそのことに気づかないままノモンハン事件に遭遇、敗戦を糧とせず日中戦争、大東亜戦争に突入した。そこでの戦略の原型は、驚くべきことに東郷平八郎の日本海海戦と乃木希典の二〇三高地だった。こうして艦隊決戦と突撃白兵戦が抜きがたく戦略思想の原点となった【注4】。実際の戦闘から学び戦術、戦略を積み上げるのではなく、日露戦争当時の戦いぶりをいかに再現するかにエネルギーが注がれ、教育体制や組織運用もそれに沿うものとなった―。
 こうした組織運用は現代日本で改善されただろうか。今日の企業、官僚の組織運用、人的運用を見るにつけ、参考になる一冊である。
 中央文庫、762円(税別)。1991年初版発行以来76刷。名著である。

【注1】この書では、戦場は太平洋に限らなかったとの注釈をつけて「大東亜戦争」を使っている。以後、ならって「大東亜戦争」を使う。
【注2】ドイツ少数部隊がロシアの大軍を破った第一次世界大戦初期のタンネンベルクの戦いこそ「持たざる国」の陸軍の理想形であり、この奇襲戦法が日本陸軍に引き継がれた、とするのは「未完のファシズム 『持たざる国』日本の運命」(片山杜秀著、2012年初版)。
【注3】前掲書によると、中国大陸・山東省でドイツ軍を降伏させた体験は、日本人にとって「成金気分あるのみ」(徳富蘇峰)だった。
【注4】真珠湾攻撃は、戦略的にはともかく戦術としては未曽有の傑作だった。従来の艦隊決戦でなく空軍力で敵を陵駕できることを示したからだ。しかし、教訓を生かしたのはミッドウェーでの米海軍であり、レイテ、沖縄に至るまで日本は艦隊決戦論を捨てきれなかった。ガダルカナルでは、大量物資を揚陸させた米軍に対し日本軍は兵站軽視から兵員、武器、食料はつねに不足、絶望的な夜襲切り込みを繰り返した。


失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫 と 18-1)

失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫 と 18-1)

  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 1991/08/01
  • メディア: 文庫


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