底知れぬ恐怖~映画「ベルファスト71」 [映画時評]
底知れぬ恐怖~映画「ベルファスト71」
ハリウッドの戦争映画のような、単純な善悪二元論に立ったストーリーではない。したがって、見終えてスカッとしたり、カタルシスを味わったりといったものは全くない。残るのは、ただ恐怖感である。その根源は何だろうと考える。そんな映画である。
北アイルランドに治安維持のためイングランド軍が派遣されたのは1969年だった。直後の71年といえば、北アイルランド情勢が最も不穏な時期だったといっていい。そのころを舞台に、ある若い兵士の体験を描く。
ゲイリー(ジャック・オコンネル)は入隊早々、北アイルランドの街に派遣される。乗り込むと同時に、憎悪に満ちた群衆が取り囲む。危機感を覚えるが、発砲することはできない。撃てば状況がもっと悪化することがわかっているからだ。撤退にかかったころ、少年に兵の銃が奪われる。ゲイリーらは少年を追い、街に深入りをしてしまう。気付いた時には、ゲイリーと行動を共にしていた兵士は至近距離から射殺されていた。
北アイルランドは数世紀にわたるイングランド支配を経て2007年に独立を果たす。それまで、軍事力で支配するイングランドに憎悪を燃やし続けてきた。20世紀初頭にアイルランド義勇軍ができ、のちにアイルランド共和軍になるが、その内実は一枚岩ではなかった。イングランドとの距離とナショナリズムの相克。加えてプロテスタント対カトリックという、ヨーロッパで長く続いた宗教対立があった。それらが背景にあるから、市民の憎悪も感情的亀裂も、底知れぬ深さを持つ。
それらを、どんよりとした空の色に塗りこめながらストーリーは展開する。
とらえられたゲイリーが、少年から銃を向けられるシーンがある。「これは殺人なのか、戦争なのか」と少年は自問する。ここにこの映画の持つ本当の恐怖感の源がある。通常、戦争は「戦場」という日常とは切り離された空間で行われる。だから、撃たれるのはいつも「個体」ではなく「数」である。したがって、それがどんなに残虐であっても私たちは目をそらさず見ることができる。しかし、ここで起きているのは市民の日常と隣り合わせの空間である。だから、たった一人の生き死にであっても見ているものにどす黒い恐怖を覚えさせる。
こんな映画が可能になったのも、アイルランド独立という歴史があればこそ。民族自決に勝る紛争の解決策はないとあらためて思う。スコットランドがんばれ。
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