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世界史的視点で「玉砕の思想」を読み解く [濫読日記]

世界史的視点で「玉砕の思想」を読み解く


「未完のファシズム 『持たざる国』日本の運命」(片山杜秀著)

 

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「未完のファシズム 『持たざる国』日本の運命」は新潮選書。1500円(税別)。初版第1刷は2012525日。かたやま・もりひで 1963年生まれ。慶応大法学部准教授。著書に「近代日本の右翼思想」など。












 
  「資源」も「経済」も「持たざる国」である日本は、どのようにして精神主義一辺倒の戦争へとのめり込んだか。なぜ、当時世界の先頭にいた米英と事を構え、無謀な玉砕戦術をとるに至ったか。それを国内的な思想潮流の中でではなく、世界史の動きと連動させてとらえ解析したのがこの書である。

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 20世紀は「戦争の世紀」と呼ばれる。その幕開けは、第一次世界大戦(19141918)である。オーストリアの対セルビア宣戦布告を契機にドイツ、フランス、ロシアを巻き込んだヨーロッパの大戦争。日清、日露戦争で勝利を収めた日本は第一次大戦の初期、山東半島の青島で、ドイツ軍根拠地を攻略する。ヨーロッパ戦線で手いっぱいだったドイツは、日本の物量作戦の前になすすべなく陥落する。

 しかし、日本の近代史の中で、第一次大戦はほとんど死角である。彼方の地の戦争であり、日本にもたらされたものは大戦特需による景気だけだったからだ。多くの国民にとってこの戦争は「人ごと」であり、記憶に刻まれることはなかった。

 しかし、この戦争を「人ごと」ではなく受け止めた一部の人たちがいた。陸軍、海軍、参謀本部はそれぞれ、この新しいタイプの戦争を学びつくそうとしたのである。著者はまずその「分析」の分析から入る。それは一見して驚くほど「クール」である。「勝敗は精神的威力よりも物質的威力で決まる」「この常識を受け入れて軍の思想や編制を改革せねばならない」―。まことに正論である。こうもいう。「火力対肉弾ノ戦法ハ、今日ヨリ見ル時ハ其不合理ナルコト、敢テ喋々ヲ要セズ」。玉砕戦法の真っ向否定である。

 ここから、日本はどのように「作戦観」を変質させていったか。著者の丹念な作業が本格化する。まず、その源流として、少数精鋭のドイツ軍がロシアの大軍を打ち破ったタンネンベルク戦の神話を取り上げる。戦術の基本は包囲殲滅戦である。これが以後の日本軍にとっても、作戦の基本になる。

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 大戦特需は日本を「入超」の国から「出超」の国へと転換させたが、なお欧米諸国と比べれば隔たりは大きい。経済力=戦闘力の観点に立って列強と日本を比較した大正末期のデータ。人口一人当たりの日本の鋼材需要額は、米国の9分の1、欧州の4分の1。大戦の分析で得た「物量が戦況を左右する」という結論からすれば、日本が戦争を起こした場合の結末は明らかなのである。そこで日本が「非戦国家=平和国家」へと転換すればよかったが、歴史はそうはならなかった。「タンネンベルク」が触媒となって、物量に頼らぬ戦争観へと急傾斜していくのである。

 むろん、ここで「物量が戦況を左右する」というテーゼが完全消滅したわけではない。いま物量がないのなら、数十年かけて日本を大国にし、英米と最終戦争をする、という戦略をたてた一派もある。いわゆる石原莞爾をはじめとする「統制派」将校である。これに対して荒木貞夫らをはじめとする皇道派が対立する。

 「歩兵操典」をめぐる改定論争が紹介されている。欧州の戦争を見ても、歩兵線はもはや機関銃による戦争である。撃ちまくって弾幕を作ることで敵の進攻を防ぐ。陸軍省はそう提案する。しかし、こうした当然のことが採用されない。「撃ちまくる」ほど弾がないからである。三八式歩兵銃で一発ずつ撃ち、命中精度を挙げることに専念する。歩兵学校はそう主張する。理想と現実のはざまで、議論は暗礁に乗り上げ、そのたびに「タンネンベルクの神話」が肥大化する。

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 ここから小畑敏四郎、鈴木率道、荒木や石原らの議論が紹介されるが、もはや日本の戦争理論はスパイラル状に精神論の世界へと突き進む。皇道派の戦争理論は、国力が低劣な国に対しての短期戦では有効かもしれない。統制派の戦争理論は、あくまでも数十年先を見通しての戦争論(石原自身は30年後と言っている)である。だが、両派のそうした前提は外されたまま、物量で圧倒的に優れた国と、目の前の長期戦争を戦う羽目になってしまうのである。

 そして東条英機のブレーンの一人と言われる中柴末純が現れる。一億玉砕を語った軍人思想家である。ここでは戦争は「まこと」の実現であり、国力の差による合理的な予測は全く排除される。「玉砕という必勝哲学」が完成される。こうして日本は「敗戦」を迎える。

 さて、敗戦によって日本の「ファシズム」は終わったのだろうか。筆者の付けたタイトル「未完のファシズム」に不吉な予感が走る。


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