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米国民主主義の強靭さ~映画「フェア・ゲーム」 [映画時評]

米国民主主義の強靭さ~映画「フェア・ゲーム」


 「ミステリ・マガジン」の編集長だった各務三郎の著書に「赤い鰊(レッド・ヘリング)のいる海」がある。冒頭の文章で、こう書いている。

 赤い鰊(レッド・ヘリング)とは燻製の鰊。狩猟のことはまるで見当がつかないが、手近の英和辞書を引くと「人の注意を他にそらす物:猟犬にきつねと他の物の臭いをかぎ分けさせる訓練に燻製鰊を用いることから」などと出ている。

 各務によると、狩猟(ゲーム)の盛んな国イギリスの推理作家協会機関誌は「赤い鰊」というのだそうだ。推理小説で読者の目を欺く偽の、あるいは読者の関心を他へ向けさせるための手掛かりが「赤い鰊」である。

 推理小説上ではなく、実社会でこの手法が使われた事例をわれわれは記憶する。西山太吉記者が不当な汚名を着せられた外務省機密漏洩事件。西山は沖縄返還に関する日米の密約を暴露したが、その後、女性事務官と肉体関係を持ったことが法廷で明らかにされ、しかも起訴状では「情を通じ」という古風かつ扇情的な表現で彩られたため、世論の関心が集中した。「赤い鰊」である。

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 この手法を米政権が使ったのが、2001年から07年にかけてのプレイム事件だ。ボブ・ドローギンの著書「カーブ・ボール」でも明らかなように、ブッシュ政権がイラク開戦で大義とした「フセインによる大量破壊兵器開発」はまったくのデマであり、CIAの最大の汚辱でもあった。ブッシュはねつ造情報によって「衝撃と恐怖」作戦を実行に移したのである。これを敢然と批判したのが元外交官ジョゼフ・ウィルソンと妻ヴァレリー・ウィルソンだった(プレイムはヴァレリーの旧姓)。政権がとった対応は、ヴァレリーがCIA工作員であることの暴露であった。
 ジョゼフ(ショーン・ペン)はニジェール大使だったキャリアから、イラクがニジェールからイエロー・ケーキを買い付けた、との疑惑を確かめるが、事実無根だと分かる。一方、ヴァレリー(ナオミ・ワッツ)は、イラクの大量破壊兵器開発計画自体が既につぶれていることをつかむ。しかし、ブッシュ政権はイラクとの開戦に踏み切る。この段階で戦争の大義が揺らげば政権の崩壊につながりかねないと考えた大統領らは、ヴァレリーがCIA要員であることを、マスコミにリークする。たちまち世論の注目と非難が、2人に振りかかる。

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 ジョゼフはニューヨーク・タイムズ紙への寄稿で真実を伝えようとするが、世論はなかなか受け入れない。権力の手の内を知りすぎるほど知るヴァレリーは、自らの無力さと抵抗することのむなしさを夫に訴える。溝が深まる2人は、一時は結婚の破たんをも覚悟するが、ギリギリのところで踏みとどまる…。
 ナオミ・ワッツの知的な美貌はなかなかのものだ。ショーン・ペンの演技はいまさら言うまでもない。しかし、この結末といいこのストーリー自体の映画化といい、アメリカ民主主義の強靭さを見せつけられる。それに比べて外務省機密漏洩事件の結末は…。日本の民主主義のだらしなさ、というよりほかにとらえようがあるだろうか。


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