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「オウム」を通して見えるもの~濫読日記 [濫読日記]

 「オウム」を通して見えるもの~濫読日記

「A3」(森達也著)

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 「A3」は集英社インターナショナル刊。1995円(税込)。初版第1刷は20101130日。著者の森達也は1956年、呉市生まれ。テレビ番組制作会社を経て独立。1998年、オウム真理教を描いた「A」を公開。2001年、続編「A2」が山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞受賞。現在は執筆が中心。



 




 










 27人殺害(司法認定は26人で残る1人は監禁致死)という戦後最悪の罪状のゆえに、麻原彰晃は死刑判決を受けた。その後も再審請求が出されたが却下された。その裁判はしかし、審理を尽くしたとはとても言えない。それどころか、経過を振り返ってみれば異常でさえある。弁護側は再三、被告に訴訟能力なしと訴えたが聞き入れられることはなかった。なぜ、裁判長は判決を急いだか。そこには日本社会のありようが映しだされていることに気づく。

 初めて公判を傍聴した森は面識ある記者に聞く。「詐病の可能性は?」「あれはもう詐病のレベルじゃないですね」。森が「発作としか思えない」とする麻原の言動を、マスコミは極悪人の証左として報道する。しかし森はそこに違和感を覚え、こう書く。

 ――麻原彰晃という質量だ。

 著者は麻原に「巨大な引力」を感じている。ブラックホールのような。ここをどう見るかで、この著作の評価はまるで違ってくる。「引力」のゆえに、森は日本社会の「傾斜」を見て取る。

 麻原のルサンチマンの背景に、在日二世説▼被差別部落出身者説▼水俣病患者説―が、まことしやかにマスコミ関係者の間でささやかれる。しかし、そのいずれも確たる根拠は見いだせていない。そればかりか、これらの見方はほとんど表舞台で語られることもなかった。そんな中、水俣病患者説を取る藤原新也に「宝島30」がインタビューする。「麻原=水俣病」説は「水俣病患者=凶悪犯罪者」という類推を生まないかと問う。しかし、こうした見方が成り立つなら、どんな犯罪も背景を掘り下げることができなくなってしまう。その要因を持つものは容易に犯罪に走るという類推を生むことになるからだ。こうした「正義」をまとった振る舞いに森は「メディアと社会とがオウムによって嵌りこんだ縊路の深さ」を見る。

 ところで、オウムを「犯罪者集団」として見るだけで、事件の本質も見えてくるのだろうか。しかしこれは「裁判」制度が抱える根源的な問題でもある。法廷は犯罪事実を裁く場ではあっても宗教団体のありようを裁く場ではないからだ。しかし社会の中では、このことはきちんと解明されるべきはずなのだ。ここでの森の視点は深く鋭い。

 宗教を持つ生き物はホモサピエンスだけであり、人だけが持つある特性が、人知を超えたものを人に求めさせる。宗教とは回避できない死への恐怖の緩和システムであり、このシステムは生と死を等価に、あるいは価値の転換を必然的にもたらす。「罪悪人を救済するためには殺生もまた、その方法である」とは浄土真宗本願寺派の教えである、と森は書く。これはオウムの「ポア」の思想とぴたり符合する。これに関連して、森は浄土真宗が被差別部落の問題やハンセン病患者の問題で「とても多くの過ちを重ね」たという事実を確認したうえで、現在の僧侶たちが「この負の歴史から目を逸らさない」という認識を示しているという。これはとても重要な事柄だと思われる。

 もちろんここで宗教のレーゾンデートルに事件を収斂させては、確実に本質を見誤ることになる。犯罪行為に走ったごく普通の人たちには、こんな事情もあったことは確かであろう。

 ――その大義や正義が、尊師の気に入られたいとの意識と繋がり、その意向を思いはばかるという過剰な忖度と同化して燃焼した。

 田原総一郎は村井秀夫を見て「あんな目がきれいな男は初めてあった」と言ったという。別段、目がきれいなら犯罪に走らないわけではないが、邪悪で凶暴な人間ばかりが人を殺すわけではない。むしろ無邪気な人間のほうが「後ろめたさ」という摩擦を持たず人を殺すことができるということもある。組織内の過剰な忖度による危機感の過剰な高揚が密閉化された宗教集団の中で起きたと推測するのは、難しいことではない。

 やはりこの事件には、裁判的事実だけでは語りつくせない別の事実があるように思える。森が言いたいのもそのことだと思う。ブラックホールのような麻原の引力が逆に映し出してしまった、牛乳瓶の底を通して見るような社会のゆがみといえば、あまり外れていないと思う。


A3【エー・スリー】A3【エー・スリー】

作者: 森 達也

出版社/メーカー: 集英社インターナショナル

発売日: 2010/11/26

メディア: 単行本(ソフトカバー)






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