重厚に描く「罪と罰」~映画「倫敦から来た男」 [映画時評]
重厚に描く「罪と罰」~映画「倫敦から来た男」
北フランス。霧雨と波の音が果てしない。深夜。ガラスの檻のような中にマロワン(ミロスラブ・クロボット)はいた。無表情のまま、濡れた桟橋を見下ろす。彼は港湾駅と連絡船をつなぐ鉄路の転轍手である。いつもと変わらぬ日常。だがそこに波紋が広がる。見知らぬ男が、一人の男を海に突き落とすのを目撃してしまったのだ。小さなトランクが海中へと沈む。鉄梯子を降りたマロワンは、その小型トランクを回収する。中にはぎっしりと紙幣が詰まっていた。
その日からマロワンは、ロンドンから来た男ブラウン(デルジ・ヤーノシュ)に付きまとわれる。港町の、雲が垂れこめた風景の中で、恐怖が広がる。これまで何十年も変わることのなかった日常の歯車が、狂い始める。
モノクロの重厚な映像。カメラワークはあくまで正攻法だ。すべてを正面からとらえる。マロワンが家路を急ぐシーン。港町らしい、両側にそそり立つ古びた家並み。その上の、縦長の長方形に切り取られた空。これらも正面から映し出す。のしかかる空は暗鬱な表情をしている。そして長回し。これでもか、と言わんばかりの間合い。歌舞伎でも見るかのようだ。それが映画全体に言いようのない緊迫感を生む。愚直、単純、沈黙の中にこれほどの饒舌をひそませるとは。まさしくタル・ベーラ監督はハンガリーの鬼才というべきだろう。そしてこの味わいは、どこか懐かしい日本映画を思わせる。
ストーリーを細かく紹介するわけにはいかないが、最後はマロワンが犯した罪と罰とがテーマになる。平凡な日常の危うさと人間の哀しみ。深層心理に分け入る手法は、まるでドストエフスキーを読むようだ。そうなのだ。ジョルジュ・シムノンの原作を訳した長島良三が「あとがき」で紹介しているが、若き日のシムノンはドストエフスキーを読み漁ったのだという。
映像の天才と心理サスペンス小説の天才がかみ合った逸品だ。2007年、ハンガリー=独仏製作。
2010-04-28 17:58
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