悪魔的なすごみと美しさ~映画「アイガー北壁」 [映画時評]
悪魔的なすごみと美しさ~映画「アイガー北壁」
1936年のベルリン・オリンピック直前、ナチスが国威発揚をかけたアイガー北壁登頂競争を仕掛けた。登り切ったものには五輪の金メダルを与えるという。前年には「死のビバーク」で2人が命を落としたばかりだ。ドイツの若いクライマー、トニー・クルツ(ベンノ・フュルマン)とアンドレアス・ヒンターシュトイサー(フロリアン・ルーカス)、オーストリアの2人がこのプロジェクトに挑む。悪天候に見舞われ4人とも死亡。特にクルツは救援隊の目前で悲劇的な死を遂げる。
歴史上よく知られたこの出来事を映画にするには、極めつけの味付けをするか、正攻法のドキュメンタリータッチにするか―。ここでは、いかにもドイツ映画らしく、過酷なロケをほうふつとさせる完全無欠な映像の圧倒的迫力で仕上げている。あの悪天候、あの北壁でどんな撮影をしたのだろうか。吹雪の荒れ狂う壁と、ふもとのホテルの炉辺の温かみがスクリーンで交錯し、いやがおうにも苛烈さが強調される。
ドイツとオーストリアのクライマー計4人に、クルツの元恋人である新聞社カメラマン、ルイーゼ(ヨハンナ・ボカレク)とその上司である記者ヘンリー(ウルリック・トゥクール)、ホテルに陣取って登頂競争を眺める有閑階層が絡んでストーリーが展開する。しかし、映画の主役はあくまでもアイガー北壁である。グランドジョラス、マッターホルンと並ぶ、高度差1800㍍の大岩壁。アルプス三大北壁のうち、最後まで登頂を拒んだアイガー。多くのクライマーの命をのみ込んだアイガーの悪魔的なすごみと美しさがモノクロに近い映像で迫ってくる。半面、いかにもドイツ人らしい完全主義の映像は、見る者としては息の詰まる思いがしないでもない。ベンノ・フュルマンは好演と言っていいだろう。2008年、ドイツ、オーストリア、スイス合作。描かれたのはスポーツ、あるいは登山が政治的プロパガンダと結びついたことによる悪夢でもある。
この出来事を素材として取り込んだ小説にボブ・ラングレー「北壁の死闘」がある。アイガーに関しては新田次郎「アイガー北壁」も知られている。
asa さん初めまして。拙き映画感想文など書いている、たんたんたぬきと申します。偶然にも同じデザインのブログと同作の記事に遭遇し、うれしい驚きです。 実話にほどよいフィクションが加えられた、上質の作品だと思っています。これからもよろしくお願いいたします。
by たんたんたぬき (2010-05-16 22:33)