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「東欧の崩壊」は「歴史」になったか~濫読日記「1989」 [濫読日記]

「東欧の崩壊」は「歴史」になったか「1989」~濫読日記

1989 世界を変えた年」(マイケル・マイヤー著)

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 ★★★★☆

1989 世界を変えた年」は作品社刊。2600円(税別)。初版第1刷は2010年3月20日。

 著者マイケル・マイヤーは米国のジャーナリスト、作家。ニューズウィーク記者を20年勤めた。CNN、MSNBCなどのネットワークで解説者としても活躍する。












 ベルリンの壁が群衆の手で破壊されるシーンは世界にテレビ中継された。東欧圏の暗い空の下でうつむいていた人々が、人間の顔を取り戻した瞬間だった。ハンガリーやポーランドでは党のトップが瓦解した。ルーマニアでは「王朝」と呼ばれた権力者が銃殺され、遺体の映像までもが流れた。あれから
20年たつ。そして、この「1989」が出版された。冷戦が名実ともに終わりを告げたあの数々の「事件」は、果たして歴史として語られるに至ったか。

 答えは「ノー」である。まだまだ事実は「歴史」として語るには「熱すぎる」のだ。

 著者マイケル・マイヤーはニューズウィーク記者として198892年にドイツ・東欧圏に赴く。数多くのインタビューで得た情報をもとに、ジャーナリストらしい筆致で複雑な権力抗争と人間模様を生き生きと描く。実はこうした手法には、著者自身の意識と視点の裏打ちがある。

 「はじめに」の章で著者は三つの「神話」を挙げる。第一は、自由を奪われ抑圧された大衆が立ち上がって共産主義政権を倒した、という神話。第二は、体制の崩壊は体制自身が内包する欠陥によるもので、終焉は歴史的な必然であったという神話。第三は米国が抑圧的な体制から東欧を救ったという神話。現場で取材した体験からこれらを打ち破っていくというのが、この書に隠されたもう一つのストーリーなのだ。

 たとえばあるケースでは、人間的なミスが歴史的な事態を招いたという。東ドイツの報道官シャボフスキーは党の書記長クレンツからメモを渡される。「東ドイツの人民はだれでもパスポートを持つ権利が与えられる」-。事務的な発表だったがメディアは大騒ぎになる。「いつから実施されますか」。予期せぬ記者の質問に困惑したシャボフスキーはメモを読み直し「ただちに実施」と答える。じつはこの発表文、公表期限が翌日に指定されていたのである。そして、実際にパスポートを使うには出国ビザが必要なのはこれまで通りだった。しかし、そんなことはどこかへ飛んでしまう。会見はテレビで同時中継された。「ただちに実施」「自分はいま自由になった」-。野火のように情報は広がり、群衆が壁に押し寄せる。党中央からは何の命令もない。チェック・ポイント・チャーリーの警備担当者は肩をすくめ、ゲートを開くしかなかった。

 これが、マイケル・マイヤーの描く「ベルリンの壁」事件の真相である。

 ソ連軍事介入を保障したブレジネフ・ドクトリンの放棄を意味するゴルバチョフの国連演説を受けて、ハンガリーはひそかに民主化への準備を進める。巨大化する「連帯」を前に、ポーランドの独裁者ヤルゼルスキは自ら武装解除する。

 著者はあるとき、ルーマニアの絶対的権力者であるチャウシェスクにインタビューする機会を得る。西側ジャーナリストとしては最後のインタビューになる。

 「ニコラエ・チャウシェスク大統領は小柄で背中が丸く、焦点の定まらない目と濃いまゆ毛の持ち主で、しゃべると唾が飛んだ。ルーマニア人は彼のことを悪魔のように恐れていた」-。

 波乱に富んだこの年の最後に、暗いニュースが飛び込む。ルーマニアで暴動が発生する。治安部隊による無差別発砲の情報も流れる。

 「テレビの画面が一瞬チラチラッと点滅し、画面に映像が映った。チャウシェスクだ」

 人民法廷の一シーンだった。「死刑」の判決が言い渡される。画面が途切れる。再開した画面にはボロ切れの束のようなものが見える。ズームアップする。チャウシェスクの遺体だった。

 見聞きした数々のシーンが、重ねられていく。そしてこの書の意味は、「おわりに」の冒頭部分に、きわめて明瞭に描かれている。

 「消えていく記憶もある。しかし、何年たっても心に鮮明に刻み込まれている記憶もある。なぜだろうか。おそらく、その記憶の陰には本人が気づいていない何かが潜んでいるのだろう。未来を解読するのに必要なキーワードが見つからないままになっているのではないか」

 そうなのだ。あの「1989」は「歴史」として語ってしまうにはまだ熱すぎるのだ。

 

1989 世界を変えた年

1989 世界を変えた年

  • 作者: マイケル・マイヤー
  • 出版社/メーカー: 作品社
  • 発売日: 2010/02/26
  • メディア: 単行本


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