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昭和5年生まれが発言すべき時~澤地久枝講演から [社会時評]

昭和5年生まれが発言すべき時~澤地久枝講演から 

 最近は少し足が遠のいていたが、澤地久枝さんの著作は割合好きでよく読んでいた。いま本棚をざっと見渡してみても、次のような作品を見つけることができる。

 

 「妻たちの二・二六事件」(1972年初版)

「火はわが胸中にあり」(1978年初版)

 「昭和史のおんな」(1980年初版)

 「雪はよごれていた」(1988年初版)

 

 あらためて澤地さんの作品の魅力はなんだろう、と考える。「歴史」という名で定着させられた事実の奥で、消えずにいるおき火のようなもの。それを発掘する仕事を一貫してやってきたのだと思う。だからいつも、この人の仕事には困難さがつきまとう。そのためであろう、それぞれのあとがきは苦渋に満ちている。

 

 「ようやく原稿を書き終えて、いったい自分がなにをしたのか、とても心許ない気持ちに襲われる」(妻たちの―)

 

 明治11年に起きた近衛砲兵の暴動を100年後に取り上げた「火はわが胸中に―」は、とりわけ困難だったに違いない。そこでは次のようだ。

 「その胸中に激しい火を燃やして皇居へひた走った男たち。(略)その無念の思いに少しでも答えられたかどうか」

 

 ともすれば大情況にのみ込まれ、忘れ去られていく等身大の、体温をもった人間たちの肖像を描く。それを仕事としてきたのではないか。

 

澤地さんの講演を聴く機会があった。戦争体験の話に始まり、その延長線上でもっとも今日的ともいえる沖縄の基地問題を語った。米国は戦争に勝ったことで沖縄に勝手に滑走路を造り、アジアへの出撃基地としたこと、沖縄の人たちは米軍基地を受け入れると言ったことはないこと、日米間には新しい時代が来ており、安保条約をやめると日本政府は明確にいえばいいこと―などを分かりやすく述べた。

澤地さんは予想した通り、比較的小柄な女性だった。やや早口で語り口は明瞭であった。自身が明かしたように昭和5年生まれ、80歳になる。

そして話は、沖縄の核密約に及んだ。そこでこんな話をした。

沖縄返還時の密約をすっぱ抜いた毎日新聞の西山記者は昭和6年生まれ。機密を漏らした外務省女性事務官は昭和5年生まれ。そしてこの問題で政府の密使として動き、後に自殺した若泉敬氏(「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」の著者)も昭和5年生まれ。つまり、澤地さんと同年代である。

終戦の時、1415歳だった。人生でもっとも多感なころに国家の崩壊による価値観の大転換を経験する。普通であれば戦時中は皇国、または軍国少年(少女)であったはずだ。それが完璧に崩れ去った時、骨の髄まで「国家とは何か」を見たはずである。澤地さんの言葉を借りれば「国家、権力とは何かを考えざるを得なかった」のだ。

昭和20年ほどではないにしても、実は今の日本、どこへ行くべきか考えるときなのだと痛切に思う。冷戦が終わり20年。安保は今のままでいいのか。沖縄の基地はどこへ向けた出撃拠点なのか。国のありようはこれでいいか。昭和5年生まれ、80歳の人たちはこれまで歴史の荒波にもまれて多くのことを学び、それを胸に収めてきたに違いない。この人たちに学ぶべきときが来たように思う。

  
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コメント 4

syunpo

私が澤地久枝氏の本で最初に読んだのが『密約―外務省機密漏洩事件』でした。
密約問題が、記者と外務省女性職員のスキャンダルにすり替えられていくなかで、問題の核心に切り込んだ立派な仕事だったですね。幸い岩波現代文庫におさめられたようですが、この種の同時代の「事件」を扱ったノンフィクションで長い時間を経てもなお一読に値する、いや、ますます輝きを増しているような仕事というのは、そうザラにはないでしょう。(今年刊行される単行本で5年後・10年後に読むに耐えるモノがどれだけあるのやら?)
国家の暴力性について深い洞察もなく、ただ「公権力=政治家」という単純な図式にしたがって政治(家)バッシングに明け暮れている昨今の単細胞的な記者連中の浅薄な仕事ぶりをみるにつけ、
澤地久枝氏は、そうした意味からいっても、もっと評価されてよい書き手だと思っています。
by syunpo (2010-04-28 19:27) 

asa

syunpoさん、ありがとうございました。
ここで書きましたように、最近は澤地さんの仕事から離れていました。
もう一度、きちんと読み直してみようと思います。
私自身は、かなり早い時期から澤地さんの仕事に注目していた一人だと思っています。
by asa (2010-04-28 20:08) 

大木晴子

はじめまして。
「明日も晴れー大木晴子のページ」を書いているものです。
今朝、掲載いたしました・・・・
「小田実さんの偲ぶ会で・・・・澤地久枝さんの笑顔。」で
asaさんがお書きになられたこのページを記事中でリンクさせていただきました。
よろしく、お願いいたします。
by 大木晴子 (2010-07-18 05:53) 

asa

≫ 大木晴子さん
TBありがとうございました。

by asa (2010-09-12 20:46) 

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