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人間の獣性を描く~映画「理想郷」 [映画時評]


人間の獣性を描く~映画「理想郷」


 スペイン・ガルシア地方の寒村に、フランスから老夫婦が移住した。巨漢だがインテリ風の夫アントワーヌ(ドゥニ・メノーシェ)とつつましい妻オルガ(マリナ・フォイス)。有機農業で自給自足のスローライフを夢見る。廃屋を改修して観光客を呼ぶ計画も持つ。
 夫婦を見る村人の視線は穏やかではなかった。酒場では、シャン(ルイス・サエラ)とロレンソ(ディエゴ・アニード)のアンタ兄弟がアントワーニュに絡んできた。永年村に住み、貧しい生活に飽き飽きしていた。思い付きのようによそから来た夫婦が、この地を理想郷のように言うのが我慢ならない。風力発電計画が持ち上がったことで、対立は先鋭化した。村人が賛成する中、アントワーニュは反対を鮮明にした(理由は語られていないが、推測すると低周波や景観の問題?)。わずかな補償金目当てのアンタ兄弟は、アントワーニュに賛成するよう迫った。

 ここまでなら日本でもありそうな話である。都会と田舎の対立。スローライフだ、有機農業だ、と吹聴する都会人に、現実はそんなもんじゃない、と冷たい視線の村人。しかし、ここから第二幕に。
 秋、落葉の降り積もる美しい林を散歩するアントワーニュはアンタ兄弟に襲われる。嫌がらせの証拠にと持ち歩いていた動画カメラを木の根元に隠し、逃げるが逃げ切れなかった。
 一人残されたオルガは、淡々とこれまでの生活を続ける。心配したフランスに住む娘マリー(マリー・コロン)が一緒に帰ろうと説得するが応じなかった。

 当初、アントワーニュが主役と思えたがそれは浅薄で、オルガが主役とわかる。男同士の諍いを見ながら、本当の解決策は他にあるのでは、と思っている。夫は殺され山林に埋められていると推測したオルガは、腰が重い地元警察に頼らず自力で山野を捜索した。ついに動画カメラを見つけ、警察に捜査を依頼する。執念が実ったのだ。その後、彼女が向かった先はアンタ兄弟の母だった。「息子は刑務所に行くことになる」と告げる。この行為は何を意味するのだろうか。勝ち誇ったゆえの発言、とするのは浅薄だろう。男たちとは違う生き方を、女同士で見つけよう―。私にはそう見えた。
 第一幕は、日本でもありそうなエピソードだが、第二幕で人間ドラマとしての奥行きを感じさせる。そんな映画である。スペインで実際にあった事件がベースという。
 原題は「The BeastsAs bestas)」。直接の意味は村の家畜を指す(冒頭、馬のたてがみを3人がかりで刈るシーンがスローで入っている)が、もちろん村人(というより人間)の心に潜む獣性を表している、と読むのが妥当だろう。
 2022年、フランス、スペイン合作。監督ロドリゴ・ソロゴイェン。


理想郷.jpg


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