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無戸籍が生む悲劇~映画「市子」 [映画時評]


無戸籍が生む悲劇~映画「市子」


 平野啓一郎の原作を映画化した「ある男」と、相模原の障碍者施設で起きた殺人事件をベースにした「月」を連想させる。前者は戸籍交換、後者は優生思想=弱者排斥の問題を背後に抱える。

 川辺市子(杉咲花)には3年間同棲した長谷川義則(若葉竜也)がいた。ある日結婚届を見せられ、うれしいが戸惑う市子は失踪した。テレビは、山中の白骨遺体発見のニュースを伝えていた。鑑定では死後8年という。
 市子は中学と高校を「月子」の名で通った。本名では通えなかった。市子には戸籍がなかったのだ。

 民法772条は、離婚後300日以内に生まれた子の父親は前夫とすると定める。このことは、さまざまな社会問題を生み出した。前夫のDVが原因で離婚した母親は、前夫に消息を知られたくないこともあるが、父子関係を強制されれば希望がかなえられない。

 スナックで働く市子の母・なつみ(中村ゆり)も、おそらくこうしたケースに当てはまる。前夫に居場所を知られたくないため出生届を出さなかった。3歳下の妹月子には戸籍があった。
 なつみは、ソーシャルワーカー小泉雅雄(渡辺大地)と交際していた。男には難病筋ジストロフィーの子ツキコがいた。なつみは小泉に、月子とツキコの戸籍交換を提案する。月子となった難病の子は日に日に病状を悪化させた。生命維持装置に手をかけたのは市子だった。こうして、市子は月子になった。3歳遅れの学校だった。
 高校を出ると、市子は月子から再び市子に戻った。嘘のない生活だが、戸籍だけがなかった。山中の白骨遺体を追う刑事・後藤修治(宇野祥平)が市子に迫っていた。

 民法772条は来年4月に改正、300日規定は撤廃される。併せて、離婚後の女性の再婚禁止期間も大幅に短縮される。なんとこの条文は、民法が明治に施行されて以来の改正である。明治は姦通罪があった時代で、300日規定は姦通罪と裏表といえる。なぜもっと早く撤廃されなかったかと、あらためて思う。

 2023年製作。監督戸田彬弘は舞台「市子のために」も手掛けた。


 市子.jpg


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