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「クリミア」につながる「コソボ体験」~濫読日記 [濫読日記]

「クリミア」につながる「コソボ体験」~濫読日記


「プーチンの実像 孤高の『皇帝』の知られざる真実」(朝日新聞国際報道部)

 この2月24日、ロシアのウクライナ侵攻開始から1年が過ぎた。当初の予想は外れ、戦況の行方は予断を許さない。ロシアの絶対権力者プーチンが最終的な到達地点をどこに置いているかも明らかでなく、そのこともこの戦争を不安定化させている。
 プーチンは一体何を考えているか。
 手がかりとして「プーチンの世界 『皇帝』になった工作員」(新潮社)がある。米ブルッキングス研究所の二人の研究者が、国家主義者であり歴史家であり、工作員であるプーチンの脳内を丹念に探っている。膨大な資料を漁った大部であるだけに、読み通すにはかなりのエネルギーを必要とした。これに比べると多少、身近なところからアプローチを図れるのが、駒木明義ら朝日新聞3記者による「プーチンの実像」であろう。

 前出の著作と明らかに違うのは、日ロ関係(北方領土返還交渉)を基軸に置いたことである。そのうえで、権力の階段を駆け上ったプーチンの足跡を追っている。裏付ける資料として、報道現場で入手可能なもののほか、プーチンを知る人物へのインタビューを数多く行っている。
 「プーチンの実像」で、踏み込んだ印象を受けるのは、コソボ独立をめぐる下りだ。NATOとロシアの対立があり、その結果クリミア侵攻があったとする。
 ユーゴスラヴィア分裂後、セルビアに属するコソボ自治州はアルバニア系住民の反乱に揺れた。強権的な弾圧によって鎮圧を図ったセルビアに、NATOは人道的対応として首都ベオグラード空爆を行い、コソボ独立を支援した。ロシアはセルビアを支持したが、ソ連時代に見られたこの地域への影響力は地に堕ちていた。エリツィン時代の最末期、プーチンが大統領に着く直前のことだった。
 「プーチンの世界」ではさらりとしか触れられなかった「コソボ体験」が、クリミア侵攻の底流にあったという。その証拠に、併合当日のクレムリンでの演説で、プーチンは「コソボ」を6回も使ったという。例えばこんな風に。
 ――西側の諸君が自らつくったコソボの先例では、コソボが一方的にセルビアから独立することは合法で、中央政府の許可は必要ないという点で彼らは一致した。まさにクリミアが今やっていることだ。
 NATOがセルビアでやったことをロシアはクリミアでやっているだけだ。何が悪い? と言っている。ドンバスも同じ理屈だ。
 これについて「プーチンの実像」では、さらにこう書いている。
 ――それならば、なぜコソボの独立をロシアは承認しないのか。
 プーチンの頭の中にも論理矛盾はある、とする。

 ロシアはエリツィン時代、先進国首脳会議の一員として振る舞い、G8を構成した。しかし、クリミア侵攻の2014年以降、メンバーから外れた。コソボ体験とG8からの追放は、NATOに対する決定的な不信感をプーチンの頭に植え付けたのではないか。
 米欧への失望と猜疑心を抱えて孤立を深める「皇帝」はどこへ行くか。この著作では、いくつかの貴重なヒントはあったものの、結局これは謎のままだった。
 朝日新聞出版、800円(税別)。


プーチンの実像 孤高の「皇帝」の知られざる真実 (朝日文庫)

プーチンの実像 孤高の「皇帝」の知られざる真実 (朝日文庫)

  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2019/03/07
  • メディア: 文庫



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