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三好達治は生活に敗北したか~映画「天上の花」 [映画時評]

三好達治は生活に敗北したか~映画「天上の花」


 昭和10年代、抒情派詩人として知られた三好達治の愛と破綻を描いた。原作「天上の花―三好達治抄―」は萩原葉子。三好の師である萩原朔太郎の娘である。三好が亡くなった昭和39年、鎮魂歌として書かれた。破綻した愛の相手は朔太郎の妹アイ。原作は葉子と思われる女性の視点で描いた達治を前後に、中央に「逃避行―慶子の手記―」を置いた。慶子はアイの仮名である。映画は「手記」の部分をほぼそのまま映像化した。

 慶子(入山法子)は母によって自由奔放に、言い換えれば我儘に育てられた。そのためか2度の離婚を経て詩人・佐藤惣之助と結婚した。如才ない惣之助は流行歌の歌詞にも手を出し(「赤城の子守唄」「湖畔の宿」「青い背広」)、金回りはよかった。その点で不自由させることはなかった。しかし、惣之助は急死。世田谷の朔太郎(吹越満)の家に出戻った慶子に達治(東出昌大)が求婚。佐藤春夫(浦沢直樹)の娘と離婚した達治を見て、慶子はようやく承諾した。
 二人が暮らし始めた地は福井県の三国。日本海を臨む寒村の古びた屋敷だった。惣之助との暮らしとのあまりの落差に慶子の心は荒んでいく。
 「手記」は、もちろん実在のものではなく、葉子が本人に取材したうえでまとめたフィクションである。しかし、一人称の文章は達治の偏愛や身勝手ぶりを凝視し、すさまじい迫力をたたえる。映画は多少ソフィスティケートされているが、今の時代ならDVかストーカー行為で訴えられるだろう。結局、周囲の手を借りて脱出するが、映画では原作にないエピソードとして、達治が時代の求めに応じて「国民詩」を書くシーンがある。原作にあった室生犀星や宇野千代、葉子自身との交流より、戦時下の達治を描くことへのこだわりが、映画の作り手にあったことがうかがえる。では、当時の達治と時代の関係はどうだったか。

 私が、かつて三好達治の詩に触れたのは、吉本隆明の詩論によってであった。そこで、かすかな記憶をもとに「『四季』派の本質―三好達治を中心に―」にたどりつき、再読した。
 昭和10年代、プロレタリア詩文学が消滅した後「詩的庶民の多数感覚に、全能のイメージをもってむかえられた」のが「四季」派の叙事詩だった。吉本は「抒情概念のなかに最初からもっていたモダニズム意識と、伝統的な永続感性との統合された要素」と、三好らの詩の構造をとらえたうえで「戦争期の支配体制に順応していくために」「都合のよくないモダニズム的要素を失っていけばよかった」。こうして、ボードレールなどの訳者でもある三好は「神州のますらを」などとうたった。「伝統的な感性の秩序」を「せっせと掘り下げていく」ことで日本の恒常民衆の独特な残忍感覚と、やさしい美意識を共存させる―というのが、三好の「国民詩」に対する吉本の理解だった。
 ここまでくると、外来思想に立脚したインテリゲンチャが土着の思想に足をとられ、全面降伏するという「転向の論理」が頭をよぎる。戦時下の三好も同じ道筋をたどったのか。
 しかし、吉本はそこから全く違う方向へと転回する。三好の「先祖かえり」は現実社会からの逃亡ではなく「強靭な生活者」であることが「恒常民的な感性につきあたるおおきな原因」だったと推定する。そのことの傍証として、ある座談会での小林秀雄の発言を引用する。
 ――三好の詩の本当の美しさは生活に勝ったところにあるのだよ。三好がワイフに勝ち、子供に勝ち、貧乏に勝ったところからくる。(「文学界」昭和174月号)

 葉子が描いたのは、生活者として敗北した達治の姿だった。映画もまた、そうした達治を登場させた。しかし、小林は全く逆のことを言っている。「四季」派には中原中也がおり、中原と小林、大岡昇平らは濃密な交友関係にあった。小林にも、達治の暮らしぶりは耳に届いていたはずだ。どう理解すればいいのか。
 一つの手がかりは、慶子(アイ)が、達治の男尊女卑ぶりに強烈な反感を持っていた点だ。中原はよく知らないが、小林、大岡は古い女性観の持ち主として知られる。その辺の食い違いが詩人の像の落差を生んでいるとも考えられる。
 原作、映画のタイトル「天上の花」は、達治が生前好んで色紙に書いていた詩の一節
 山なみ遠に春はきて
 こぶしの花は天上に
 からとられた。詩に生きることと暮らしを対比したうえで、天上の花とは詩人の魂、もしくは詩そのものと読める。
 2022年、片嶋一喜監督。


天上の花.jpg



天上の花―三好達治抄 (講談社文芸文庫)

天上の花―三好達治抄 (講談社文芸文庫)

  • 作者: 萩原 葉子
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2023/01/14
  • メディア: 文庫



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