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人生模様を切り取った三篇~映画「偶然と想像」 [映画時評]

人生模様を切り取った三篇~映画「偶然と想像」


 濱口竜介監督の前作「ドライブ・マイ・カー」で、主人公の家福悠介(西島秀俊)がある事情でチェホフの戯曲を自身演じるかどうか判断を迫られ、チェホフは人生模様を深くセリフに落とし込んでいるので演じることは自分を傷つけることになる、と躊躇する場面があった。チェホフほどではないかもしれないが「偶然と想像」は、人生の様々なシーンを一つ一つのセリフにどう切り取って見せるかに、濱口監督が全力を注いだ作品であろう。

 三部からなる。共通のワードはタイトルにもある「偶然」。たまさかの巡り合わせに翻弄された人生を切り取った。
 第一話「魔法(よりもっと不確か)」。モデルの芽衣子(古川琴音)は、ヘアメイクのつぐみ(玄理)から、ある男性に強い関心を持っていることを聞かされる。男性も「魔法のような出会い」といっているという。細かく聞くうち、その男性が誰か芽衣子は気づいてしまう。
 つぐみをタクシーから降ろした後、芽衣子はあるオフィスに向かう。そこにはかつて付き合った男性(中島歩)がいた。つぐみがいう男性は彼のことだった(第一の偶然)。深夜のオフィスで芽衣子と男性の、腹の内を探りあう不思議な会話が始まる。
 つぐみと芽衣子が喫茶店で会話をしていると、通りをその男性が通りかかる(第二の偶然)。三人の関係を知らないつぐみは男性を呼び寄せる…。
 第二話「扉は開けたままで」。佐々木(甲斐翔真)は単位不足で卒業がままならない。瀬川教授(渋川清彦)に土下座までするが聞き入れられず、テレビ局の内定もフイにした。瀬川教授が芥川賞を受賞したニュースが流れると、復讐心に燃える佐々木は恋人(というかセックスフレンド)の奈緒(森郁月)にハニートラップを仕掛けるよう頼む。
 研究室を訪れた奈緒は、教授の小説のある部分にとても興味があるといい、朗読を始める。そこにはセクシャルというかポルノに近い場面が描かれていた。扉を閉めて誘惑する奈緒と、開けたままにしようとする教授との間で小さな攻防がある。なんとか密室化を避けた教授は、奈緒が録音していたことを明かすと(教授の反応を物証にしようとしたのだろう)、なぜか関心を示した。奈緒は後で、メールで送ることを約束する。自宅で送信の準備をしていると、帰宅した夫が「佐川の不在票が入っていた」という(ここで佐々木と奈緒の関係は不倫と分かる)。つられて奈緒は「segawa@」ではなく「sagawa@」と打ち込んでしまう(偶然)。
 5年後、バスで偶然会った奈緒と佐々木は、あの時の誤送信がもたらした人生の明暗を再確認する。
 第三話「もう一度」。夏子(占部房子)は、20年ぶりに故郷の高校の同窓会に出た。ある同級生に会いたかったためだ。再会を果たせず東京への帰途、ある女性あや(河井青葉)に出会う。お互い高校の同級生と思い、あやは夏子を自宅へと誘った。
 話しているうち、お互いが思っていた相手ではなかったことが分かる。つまり、赤の他人同士だった。しかし二人は対話を続けた。相手を、思っていた相手だとして振る舞うことにしたのだ。
 二人はかつて抱いた青春の秘密を打ち明けあった。そのことにすがすがしさを覚えた二人は、別れの時を迎えても別れがたい気持ちでいた…。

 水彩画で描いたような人生の短編三作である。好みはあるだろうが、私が気に入っているのは「もう一度」。偶然が成立させたある対話が、想像力の翼を得て人の心を救うことにもなる、という濱口監督らしい切り口である。「偶然と想像」のタイトルも、この第三話が最もふさわしいように思う。
 2021年、日本。

偶然と想像.jpg

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