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商業主義にまみれた美術界~濫読日記 [濫読日記]

商業主義にまみれた美術界~濫読日記


「最後のダ・ヴィンチの真実」(ベン・ルイス著、上杉隼人訳)

 2017年のクリスティーズの競売でレオナルド・ダ・ヴィンチの作とされる1枚の絵画に4億5000万㌦という空前の落札価格がついた。1500年代初めに描かれたとみられる絵画は、なぜ近年になって注目されたのか。この500年間、誰がどのように保管していたのか。そして最大の謎は、真贋も来歴もあやしいこの絵に、誰が日本円で510億円という巨額の資金を投じたのか。そのへんのミステリー小説をしのぐミステリーに挑んだノンフィクションが「最後のダ・ヴィンチの真実」である。
 見えてくるのは美術界の腐敗ぶりと、背後にうごめくアラブの富豪、ロシアの新興実業家、オフショアネットワークの欲望にまみれた姿だ。

 らせん階段を上るように
 「サルバトール・ムンディ」と題した、キリストの上半身を描いた絵。右手は2本の指が伸ばされ、祈りのかたちをしている。左手は、おそらく地球を表す透明の珠を持っている(これは、地動説に通じる思想である。ガリレオが「それでも地球は動く」と言ったのは17世紀。その点でも興味深い)。金色の帯と青いローブを着用し、表情は穏やかで顔はややぼかされている。「モナ・リザ」と同じスフマート技法である。
 来歴について決定的な証拠はないが、仏国王の依頼で描かれ、王女がイングランド王チャールズ1世に嫁ぐとき持参。以来英国王室が保持していたが、内乱のあおりで行方知れずとなった。ただ、あくまで一つの説である。そして18世紀半ばから1900年までは明らかに消息不明であった。その後、英国や米国の実業家の手に渡ったとされる。
 絵はフランス革命とナポレオンの時代、英国の内戦の時代をくぐってきた。この間、「ダ・ヴィンチ作」と認識されていたかもあやしい。そのため、ひどく傷んでいた。
 2005年、ロバート・サイモンとアレックス・パリッシュというニューヨークの美術商がニューオーリンズの競売でこの絵を手に入れたところから、一つのストーリーが動き出す。1175㌦だった。損傷を隠すため大幅に塗り直されていた。サイモンはダ・ヴィンチ研究で知られたオックスフォード大のマーティン・ケンプに鑑定を依頼。ケンプは見たとたん「ダ・ヴィンチの魔法だ」と感じた。
 彼らは勝負に出た。ロンドンのナショナル・ギャラリーに世界の専門家を集め、鑑定してもらおうと計画した。しかし、明確な見解が出ないままナショナル・ギャラリーのダ・ヴィンチ展で公開。企画したキュレーターはダ・ヴィンチ作と明記した。新しいレオナルドの出現は反響を呼んだ。
 絵はロシアの富豪を経てらせん階段を上るように注目を集め、2017年のクリスティーズの競売の場面に至る。買い手はサウジの皇太子だった。UAEにオープンしたルーヴル・アブダビに展示されることが明らかになり、両者の連携がみてとれた。結局アブダビでは公開されず、提携関係にあったパリのルーヴル美術館の「ダ・ヴィンチ没後500周年大回顧展」での出展も予告されたが、実現しなかった。

 「巨匠の作」にこだわるべきか
 「サルバトール・ムンディ」をめぐる一連の動きについては、ドキュメンタリー映画「ダ・ヴィンチは誰に微笑む」(フランス、アントワーヌ・ヴィトキーヌ監督)が公開された。ほぼ同じ内容だが、一点だけ新事実が盛り込んであった。ルーヴル美術館が大回顧展の前に科学的な鑑定を行った結果「ダ・ヴィンチが貢献した作品」との結論を得たという。工房で描かれ、ダ・ヴィンチが後から筆を入れたという解釈である。こうした鑑定を行ったこと自体、ルーヴル美術館は公式には認めていないという。鑑定結果が事実であれば、4億5000万㌦も出した現保有者は絵の価値が大幅に下がるリスクを冒してまで出展に応じないのでは、という推測が成り立つ。この点は「最後のダ・ヴィンチの真実」でも触れている(「日本の読者の皆さんへ」)。
 さらにベン・ルイスはこう主張する。

 ――これがもしもレオナルドと工房によるものであれば、工房のもっとも質の高い作品のひとつである。掲げられた手、髪、衣装の刺繍でそうだとわかる。(略)ロバート・サイモンの「サルバトール」には、もっとも広く多くの人に知られているレオナルドの作風がいちばん美しく表現されている。その典型例ではなく、最高例だ。

 著者はこのあと、1500年代に入ってすぐに中世とも現代ともつかないまったく新しいイメージを構築した、と述べている。絵はロックフェラーセンターの競売場で、ルネッサンスの巨匠の作としてではなく、現代アートのカテゴリーで競売にかけられた。ケンプはこの絵に「感じるものがある」と述べている。こうした一種のオーラを感じた人たちは、ほかにもいた。ダ・ヴィンチ作かダ・ヴィンチと工房の作かは、小さなことにも思える。「署名」にこだわることで、法外な値がついたのだ。この現代美術の商業主義ぶりを、ダ・ヴィンチ自身はどう見ているだろうか。
 集英社インターナショナル、3200円(税別)。

最後のダ・ヴィンチの真実 510億円の「傑作」に群がった欲望 (集英社インターナショナル)

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ダヴィンチ.jpg

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