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科学と国家を考える~濫読日記 [濫読日記]

科学と国家を考える~濫読日記


「アインシュタインの戦争 相対論はいかにして国家主義に打ち克ったか」(マシュー・スタンレー著)


 アインシュタインの相対性理論確立と第一次大戦は時期が重なる。人類が初めて直面した機械化された戦争は、戦線の長大化と国家間連合による欧州の二分化を生み出した。各国科学者は、否応なくこの戦争と向き合うことが求められた。科学上の新発見が国家にどう貢献するかが問われたのだ。アインシュタインの場合も例外ではなかった。こうした時代背景の中で科学者はどのように生き、時流に抵抗したかを描いたのが「アインシュタインの戦争」である。

 アルベルト・アインシュタインは現在、最も著名な理論物理学者である。標題こそ、その名がヒューチャーされているが、描かれたのは同時代の科学者群像である。中でも重要なのは英国の王立天文学会会長のアーサー・スタンレー・エディントンであろう。ユダヤ系ドイツ人のアインシュタインは、大戦に入るとエディントンとは敵国同士の関係になった。
 二人の科学者はどのようにして手を組むことになったか。アインシュタインの天才的なひらめきが生み出した相対論を世界に広めるには、まず国家という壁を乗り越えなければならなかった。それはどのようになされたか。
 クエーカー教徒のエディントンは良心的兵役拒否を求めた。しかし、戦争は過酷さを増し、前線への兵の補給はひっ迫した。英国社会はエディントンの天文台での業務を国家に必要と認定することで猶予を与えたが、それもままならなくなった…。
 アインシュタインはドイツでの兵役を逃れるためスイスの大学に職を得た。その後、チェコの大学に移り、大戦中はドイツ国内の研究機関に勤めた。そこで相対論を発表するが、ドイツの学者による理論という各国の偏見は堅固だった。裏返せば当時、特にドイツでは科学と軍事の一体化が顕著とみられたのである。
 越えがたいと思われた国家の壁に風穴を開けたのがエディントンだった。相対論の正しさを立証するカギは、光に重力がある→重力によって光は湾曲する―ことの証明だった。天文台での観測技術が生かされた。戦争が終わった1919年、5月29日の皆既日食観測で、アインシュタインの予測した「光の重さ」の観測値を確かめるため、エディントンはアフリカ西岸のプリンシペ島に遠征した。天候は不順だったが、観測は成功した。現地で複雑な計算の末、6月の第1週のある時点で「アインシュタインの理論が検証に耐えた」と書いた。「生涯で最高の瞬間」だった―。
 ガラス乾板が記録媒体の時代である。電波望遠鏡の今日とは、予想もつかない苦労があっただろう。

 アインシュタインの相対論が引き起こした革命を今日、どのように見ればいいか。ドイツ的国粋主義に対する英国的国際主義の勝利というのは、最も偏狭であろう。科学者がどのような政治的立場からも自由だというのは、理想ではあっても現実的ではない。最近の日本学術会議での「任命拒否」騒動を見ても、そのことは顕著である。一筋縄ではいかない。この点を、著者は巻末でこう書いている。
――何らかの政治的見方を持っているというだけで、その人は科学ができないなどということはけっしてない。科学者は感情を持たない機械ではないし、我々もそれを求めてはいない。(略)戦争の恐怖とそれに対する平和主義者の反応が、相対論を生み出す複雑で壊れやすいネットワークを作り出した。科学と、政治や宗教や文化というもっと幅広い世界とのつながりは、けっして取るに足らないものではない。
 宇宙の果てを論じた相対論でさえ、我々の日常生活の土壌の上に花開いたものだ、と言っている。
 新潮社、3800円。


アインシュタインの戦争: 相対論はいかにして国家主義に打ち克ったか

アインシュタインの戦争: 相対論はいかにして国家主義に打ち克ったか

  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2020/07/17
  • メディア: 単行本


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