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「古き良き時代」へのオマージュ~映画「キネマの神様」 [映画時評]

「古き良き時代」へのオマージュ~映画「キネマの神様」


 松竹の前身、松竹キネマ合名社ができたのが1920年。この年、蒲田撮影所もできた。あれから100周年、ということでつくられたのが「キネマの神様」。原田マハの原作は、かなり変えてある。ストーリーは、映画が元気だったころ(おそらく50年ほど前)と現代を行きかう。

 若い日の思い出を胸に、落魄の日々を送る老人ゴウ(沢田研二)。ギャンブルに身をやつす姿を見かねた家族たちに支えられ、一度は映画への情熱を再び燃やすのだが…。
 ゴウ(菅田将暉)は、助監督から監督への階段をつかみかけていた。撮影所は大船(蒲田から1936年に移転した)あたり。小津安二郎を思わせる監督・出水宏(リリー・フランキー)が、女優桂園子(北川景子)らを使って秀作を撮っていた。撮影所の近くには食堂の娘・淑子(永野芽郁)がかいがいしく働いていた…。
 しかしゴウは監督初日、緊張のあまり現場でスタッフと衝突、それが原因で大けがを負う。作品はお蔵入りとなり、自信を無くしたゴウは田舎に引っ込むという。後を追う淑子。しかし、彼女には思いを寄せるテラシン(野田洋次郎)がいた。彼は撮影所で、ゴウの親友だった。
 そして50年後。ゴウと一緒になった淑子(宮本信子)は苦労を重ねていた。テラシン(小林稔侍)は小さな映画館を経営していた。ある日、テラシンは古いシナリオをゴウの孫・勇太(前田旺志郎)に見せる。祖父の才能を直感した勇太は、現代風に書き直し、有名な脚本賞に応募することを勧める。

 最後まで明かすと身もふたもないのでこの辺でやめるが、ラストの持って行き方は「ずるいなあ」という感想である。とはいえ、若い日の情熱溢れる日々と映画の良き時代を重ね、その時の熱い思いをいまだに手放さずにいるという老人の物語は見ていて飽きない。原節子をほうふつとさせる北川の大女優感がとてもいい。「あの時代」の映画人へのオマージュが詰まった映画である。
 2021年、日本。山田洋次監督。


キネマの神様.jpg


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