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置き去りの世界史に光~濫読日記 [濫読日記]

置き去りの世界史に光~濫読日記


「ポスト社会主義の政治 ポーランド、リトアニア、アルメニア、ウクライナ、モルドヴァの準大統領制」(松里公孝著)

 1990年、崩壊直前のソ連は大統領制を導入、ゴルバチョフが選出された。これによってソ連の最高権力者は書記長から大統領に移行した。当時は国家末期のレームダックと受け止め、それ以上の意味は考えなかった。

 「ポスト社会主義の政治」はソ連崩壊後、旧社会主義圏(いわゆる東側国)がどのような政体変化を起こしたかを見た。すべてを網羅できないので、典型的と思われる標題の五つの国が取り上げられた。それらの国を貫く概念は「準大統領制」である。聞きなれないが、公選による大統領と議会の過半数が支持する首相が同居する。
 あらためて興味深かったのは、なぜこの制度を社会主義を経た国々がこぞって採用したか、であった。
 一党独裁の社会主義国では、党書記長(総書記、第一書記など呼称はいろいろ)が最高権力者となり、最高会議(ソヴィエト)と向き合う。この体制が崩壊し複数政党制に移ると党書記長は権威を失った。ゴルバチョフはそのとき大統領制をとった。旧来の体制と権力配分が似通っており、移行が比較的容易だったためだ。この決断は他の社会主義国にも伝播、大統領と議会選出の行政執行責任者=首相が共存する制度が選択された。旧社会主義国に準大統領制が生まれた背景である【注】。
 この制度には弱点があった。公選の結果生まれた大統領と、公選で議席配分が決まった議会に選ばれた首相。権力者が並び立つ。首相は大統領の部下になるか、それとも双頭体制になるか。分析には制度論にとどまらず人物論、地政学にまで立ち入る必要がある。
 ソ連崩壊後、漂流し迷走する各国の政情を丹念に追ったのが、この書である。

 各国の憲法を分析したうえで政体を五つに分類。①首相を置かない大統領制②大統領が首相を任命する高度大統領制化準大統領制③大統領が首相を任命するが議会の承認が必要な大統領議会制④議会多数派が指名した首相を大統領が任命する首相大統領制⑤大統領、首相とも議会が選出する議会大統領制。③と④の別が分かりにくいが要は、首相は大統領、議会どちらが決めるか、である。
 そのうえで政党の消長をみると、複数政党制に移行した直後は共産党の流れをくむ勢力と民族派(右派)が対峙。やがてイデオロギーから経済政策へと行政の比重が移り、リベラル政党と富の再配分に重きを置いたポピュリスト政党の対峙に変化する傾向が見て取れる。このことが最もよくわかるのがポーランドである。当初は「左派」が優勢だったが、やがて「連帯」の後継が伸長する。「連帯」はカトリック団体の支持を得て富の再配分を訴えた。2000年に入ると「リベラル」を主張する「市民プラットフォーム」が第一党に。
 こうした世論の変化の中で、大統領を強くするか首相を強くするかは、どの国でも難問だったようだ。分岐点は、穏健多党制か二大政党制か、だった。多党制なら連立工作に大統領が手腕を発揮できたが、二大政党制だと大統領が影響力を発揮する場がなかった。それが首相任命権に影響した。前者がリトアニア、後者がポーランドだった。
 政党政治の未成熟もあり、当初は大統領の強権に頼らざるを得なかった政治体制も、各国とも最終的に抑制のきいた首相大統領制に行きつく。首相に実務者を置き、大統領にはポピュリスト的カタルシスに国民を向かわせるキャラクター(例えば俳優など)という取り合わせが上策、とされたようだ。
 ただ、こうした準大統領制が、これらの国々のゴール地点とも思えない。これからどう変化を見せるのか。
 ポーランドやウクライナを除けば、国の動きがニュースとして目に触れる機会の少ない国々(ポーランドやウクライナも、地政学的な観点でのニュースが多いのだが)。世界史の置き去りにされた部分に光を当てた好著といえる。ただ、未知の人名が多く読みこなすのは困難だった。
 ちくま新書、1100円(税別)。

【注】ロシアは共和国単位の党組織を持たなかった(ロシアのトップはソ連邦のトップになる=非対称的連邦制)ため、他の共和国と多少事情が違う。大統領と議会の関係は一時、極度に悪化した。このことも、準大統領制でなく大統領制を選択した背景にあると思われる。





 


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