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スクリーンを通した時代論~濫読日記 [濫読日記]

スクリーンを通した時代論~濫読日記

 

「映画の戦後」(川本三郎著)

 

 タイトルは「映画」の「戦後」で「戦後」の「映画」ではない。どこが違うのかはお分かりと思う。著者が書きたかったのは「映画」を通して見た「時代」で、「戦後」という時代に区切られた「映画」ではなかった。このことは「あとがき」でも触れている。

 

 ――私の批評は、映画をその時代に置いて見ることが基本になっている。映画を独立した表現テキストとして見るよりも、そこにどういう時代状況が反映されているのか、映画と時代の関わり、接点が気になる。

 

 川本が「映画」というスコープを通して見た戦後とはどんなものだったか。読後つくづく感じたのは、川本と私の感性のありようのなんと似ていることか、ということだった。

 

 まず「戦後」を見るフィールドを大きく日本と米国に分ける。日本映画の中では高倉健、小津安二郎、黒澤明、松本清張、高峰秀子、杉村春子あたりがつづられる。「男はつらいよ」も見逃せない。米国映画ではクリント・イーストウッド、エリア・カザン。そしてハリウッドに吹き荒れた赤狩り、戦後の米国に一貫して影を落としたヴェトナム戦争。

 

 戦後の一時期、「やくざ映画」というジャンルが確固としてあった。高倉健という「ヒーロー」のかたちを分析する中で川本は二つの視点を提示する。一つは、やくざ映画が描き出したのは底辺の労働者であり、ほとんどプロレタリア文学に通底するものだった、という点。もう一つは、かたぎに詫び続けるヒーローであり、それゆえに苦悩するヒーローだった、という点。長谷川伸が描き出した股旅物を引き継ぐ日本伝統のヒーロー像であったという。同感である。1970年ごろ、場末の映画館で高倉健が苦悩の末にドスをひっさげ池辺良が寄り添うとき「異議なし」と客席から飛んだのを思い出す。

 

 小津安二郎では、紀子三部作といわれる「晩春」「麦秋」「東京物語」を取り上げ、小津作品に影を落とした「戦争」を探った。小津自身、戦地へ向かったが、そのことはこれまでほとんど触れられていないことも記されている。この部分であえて言えば、与那覇潤著「帝国の残影」(2011)が兵士としての小津の実像に迫っている。さらに「東京暮色」を評価する記述もある。いつの日か、川本にぜひ触れてほしい書である。

 

 「男はつらいよ」は、1960年代から1995年までつくられた。第1作はやくざ映画全盛のころであり、1995年は阪神大震災、地下鉄サリン事件の年である。この間、高度経済成長があり、ヴェトナム戦争があり、バブル崩壊があった。直後には民主党政権ができ、9.11米国同時テロがあった。このころを戦後の転換点とする向きは多い。こうした時代を寅さんは走り抜けた。時代の変転の中で、一貫して存在感を持ちえたのはなぜか。

 川本によると、1980年から89年まで、山田洋次監督は実に18本の「男はつらいよ」をつくった。しかし、これは時代とシリーズがピタリと歩調を合わせたからではなかった。むしろ80年代は、「山田洋次と時代が最も離れた時期ではないか」と川本はいう。高度経済成長の時代、古き良き町を寅さんが歩く。消えかけた人情を分かち合う。そんな人情も町も幻想の中にしかないことを百も承知で。

 葛飾はいつも懐かしい寅さんの故郷として登場する。ここで川本はひとつの事実を上げる。葛飾が区になったのは関東大震災の後、昭和7年だった。新開地で、震災で被害に遭った人たちが移り住み、さらに東京大空襲の後、焼け出された人たちが避難してきて新下町をつくった。葛飾は避難の場所だったのである。周囲の繁栄から取り残されたような、懐かしさを覚える町。この葛飾・柴又の持つ風情がそのまま「寅さん」というシリーズの持ち味になっている。浅丘ルリ子演じるドサ回りの歌手や、松坂慶子演じる場末の芸者が思いあぐねて避難する場所。それが「寅さん」という存在でもあった。だからこそ、経済成長の時代もバブルの時代も「寅さん」は大衆の心をつかみ続けた。

 

 けっしてリベラルな思想の持主には見えないクリント・イーストウッドだが、川本は「最後の西部劇スター」として賛辞を送る。修羅場に向かう健さんのように、まず馬上の姿が美しい。武骨で、孤独である。川本は、イーストウッドの「孤独」を「個独」と表現する。西部の男は自主独立、セルフ・メイドの男でなければならない。自分以外、頼るものはない。そんなただならぬ雰囲気をイーストウッドは備えている。しかし、このことは手放しで喜べない側面も持つ。

 川本は、イーストウッドが米国でスターの階段を上る時代を、ヴェトナム戦争の時代と重ね合わせる。イーストウッドの「個独」(=自警主義)は「ダーティー・ハリー」につながり、ヴェトナム戦争の泥沼化が産み出すニヒリズムと共振した。だからイーストウッドはいつも不機嫌な顔=汚れちまった悲しみ=をしている、と川本は言う。 

 

 ハリウッドを襲った「赤狩り」は、表面的にはリベラルな左翼に対する保守層の批判、もしくは集団ヒステリーと受け止められた。ここに川本は、上流階級に対する大衆の反乱という視点を持ち込む。1970年代に既にこのことを指摘しており(初出は72年)、卓見であるように思う。今の時代のトランプ現象にそのままつながるからだ。右とか左とか、非転向=善、転向=悪の単純な構図に落とし込めてはならないという。そして、この構図の中から導き出した元ギリシャ移民、エリア・カザン論(「異邦人の裏切り」)は秀逸であり、米国映画には珍しい影のある名作を生み出した背景に迫っている。「波止場」も「エデンの東」も、カザンの「裏切り」「転向」後のものなのだ。川本はこう指摘する。

 

 ――それはいわば、「移民から見たアメリカ」であり「仲間から孤立した人間の目で見たアメリカ」である。明るいところから見えないが暗いところから明るいところは見える。「自由」や「豊かさ」の中にいては見えなかったアメリカの反動性や悪が、自ら泥にまみれて暗い場所に追い込まれることによって逆に鮮明に浮き上がってきたのである。

 

 川本が書いているように、エリア・カザンは「夜の作家」なのである。

 七つ森書館、2200円(税別)。


映画の戦後

映画の戦後

  • 作者: 川本 三郎
  • 出版社/メーカー: 七つ森書館
  • 発売日: 2015/05/15
  • メディア: 単行本

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