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〈私〉をめぐる磁場はどう変わったか~濫読日記 [濫読日記]

〈私〉をめぐる磁場はどう変わったか

~濫読日記


2015年安保から2016年選挙へ―政治を市民の手に」(「世界」別冊)

世界増刊.jpg Ⅰ2015年安保、Ⅱ手記:国会の内と外で、Ⅲなぜ選挙は市民から遠いのか、Ⅳ2016年選挙―の4部構成。Ⅰは昨年の「安保闘争」をさまざまな角度から分析、Ⅱは、運動にかかわった人たちの肉声、Ⅲは現行選挙制度の問題点、Ⅳは今後に予定される国政選挙への戦略、展望が紹介されている。

 中でも圧巻なのはⅠであり、特に成田龍一「〈私〉の経験の合流点としての〝2015年安保〟」であろう。戦後思想を〈私〉と〈公〉の関係性に立って見直した。まず、政権による乱暴な「戦後」の解体に抗するためには「戦後」の丸ごと肯定か否定かではなく、歴史化が必要ではないか、という。そのうえで、2015年夏の意味を探るには1960年安保を問い直す必要があるとする。そこで日高六郎編「一九六〇年五月一九日」を引き、敗戦の問い直しと民主主義の定着、という視点を提示する。もちろんこのとき「革命」を見ていた人たちによって「民主主義の神話」がことあげされたことにも言及する。

 ここから成田は戦争世代、戦後第一世代、戦後第二世代の3区分の観点を入れ、2015年夏までの政治文化の流れの総括を試みる。出発点は小田実「難死の思想」である。少国民世代である小田は、公状況と私状況という対概念の中で戦争による死の意味を問う。すなわち、一定の公状況の中で意味ある死とされた「散華」は戦後の公状況喪失の中で「難死」と同列化された。そのうえで戦後民主主義を私状況優先の原理だとし、それが一方で、戦争責任の曖昧化を招いた。その後、世界的な「危機感」が新たな公状況の回復を生んでいるのだとする。その中で必要なことは、私状況をもう一度回復させ、そこに公状況をくぐらせることだという。成田はこれを「個人原理の確立」と言い換える。すなわち、国家原理が普遍原理と個人原理を結び付けるのではなく、普遍原理を個人原理に突き付けることで個人原理の確立を図る、とする。

 しかし、1970年代から80年代にかけて「公」と「私」の関係は大きく揺らぐ。「私」の変容と新たな「公」の準備段階に入り、両者の結びつきが見えない時代が始まる。戦前の「滅私奉公」が戦後に「滅公奉私」(日高六郎)となり、さらに「奉公奉私」(海老坂武)へと向かう。

 戦争世代の思想と、それを読み解こうとした戦後第一世代の動きは、2000年代に入って、新自由主義の進行と戦後第二世代によって新たな局面を見せる。「貧困」という問題に直面しての「私」の崩壊である。ここでの運動の牽引者は「反貧困」の湯浅誠であろう。

 こうして「私」をめぐる磁場が変化する中、2015年安保が一つの集合点になったというのが、成田の見方である。海老坂の言う「奉公」と「奉私」が分裂したまま進行し、肥大化した「私」が回路のないまま直接的に「公」=国家への投影がなされる。こういう時代に、どのように「私」の論理を確立し、「公」状況をそこにくぐらせるかが問われていると、成田は言う。それはかつて「世直しの論理」として小田が言ったことでもある。

 このほか、丸川哲史「東アジアにおける〝2015年安保〟」は、「安保」にかかわるトリアーデとして「立憲主義」「労働(生活)問題」「アジア連帯」をあげ、その中で特に、アジアへの視点が2015年安保において希薄だったとする。理由のひとつは、1960年にはいた竹内好が今いないことでもあるが、安保が中国脅威論を隠れ主題とする以上、その最前線基地に位置付けられてしまった沖縄の闘争への共感・確信が足りないと指摘する。日本のエネルギー転換の現場であった三井三池の闘いが安保と連動したように、沖縄の闘いが安保と連動しないのはなぜか、という問いでもある(これは、谷川雁の不在論でもある)。

 労働の問題については、立憲主義への帰結が語られているが、おそらくこれは「反貧困」の問題としてもっと社会的に提起されるべきことであろう。

 ともあれ、この一冊で語られていることは、「私」への没入=「公」の進出への無関心が、2011年3月11日の福島原発事故で大きな転換を迎え、「公」の論理への懐疑と異議を、まだ少数であるかもしれないが、確実に生み出しているという時代認識であろう。


2015年安保 総括と展望 2016年 04 月号 [雑誌]: 世界 別冊

2015年安保 総括と展望 2016年 04 月号 [雑誌]: 世界 別冊

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2016/03/23
  • メディア: 雑誌

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