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国家の嘘にあらがう~濫読日記 [濫読日記]

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「チェルノブイリの祈り 未来の物語」(スベトラーナ・アレクシエービッチ著)

10-25-2015_001.JPG ノーベル文学賞受賞者としてスベトラーナ・アレクシエービッチの名が呼ばれたとき「Who?」だった。その後、彼女の名は記憶の隅に追いやられた。ある時、ある人から「彼女の『チェルノブイリの祈り』はすごいよ」と聞かされた。アマゾンで探したところ古本しかなく、文庫仕様なのに価格は3000円以上した。図書館はすべて「貸し出し中」のマークがついていた。しばらくして出版元の岩波書店が増刷したため、入手できた。

 ウクライナ生まれ。国立ベラルーシ大を出てジャーナリストの道を歩む。題名から推測できる通り、1986年に起きたチェルノブイリ原発事故にまつわるドキュメンタリーである。しかし、書かれたのは原発事故そのものではない。事故後の放射能汚染によって人生を狂わされた多くの人たちの嘆きである。

 副題には「未来の物語」とある。単に過去のことを掘り起こしたのではない。大地と、そこに立つ多くの人たちの悲惨な体験をもとに、私たちはどんな未来を描くのか、と問うているのである。著者はだから、あの原発事故は、私たちの時代をチェルノブイリ前とチェルノブイリ後に分けてしまった、と書く。

 実にさまざまな人物が登場する。体験した事実もまた、一通りではない。ここには「平均」や「総合」や「普遍性」といったものは何一つない。したがって、表象化された「真実」もない。すべて生身の人間の味わった苦痛であり、絶望であり、悲しみである。たとえば、いち早く現場に駆け付けた消防士の妻、リュドミーラの嘆きは壮絶である。

 ――肺や肝臓のかけらがくちから出てきた。(略)私は手に包帯をぐるぐる巻きつけ、彼のくちにつっこんで全部かきだす。(略)ぜんぶ私の愛した人、大好きな人。

 登場するのは、命令や指令によってやむなく現場にいき、悲惨な最期を迎えた人たちばかりではない。避難命令を無視してこの大地に舞い戻った人たちもいる。

 ――私らは、これ以上だれにもだまされないよ。もう自分の土地を離れません。(略)自分の土地ですから。

 ベラルーシはかつて「白ロシア」と呼ばれた地である。ナチスドイツとの過酷な戦いに駆り出された人も多い。そして原発事故から5年後、「ソ連」は崩壊する。被曝した人たちは二重の意味で「棄民」となり、「チェルノブイリ人」と呼ばれる。

 ――私たちはロシア人じゃない。ソビエト人です。でも、私の生まれた国はもうない。(略)今じゃコウモリみたいなもの。

 ――「つきあってくれよ」「なんで? あんた今じゃチェルノブイリ人よ。あんたの子どもを生むなんてこわくって」

 福島原発の事故現場でもあったが、放射線値が高いと電子回路が故障する。しかし、壊れないロボットがある。兵士である。彼らは軍服の色から「緑色のロボット」と呼ばれたという。

  ――アメリカ製のロボットが5分間仕事をしたら、ストップ。日本製も5分間仕事をして、ストップ。ロシア製のロボットは2時間仕事をしています。無線機で指令が飛びます。「兵士イワノフ…」。

 

 この書はモスクワ、スウェーデン、ドイツ、フランスで刊行されたが、ベラルーシでは刊行の見通しが立たないという。独裁者ルカシェンコ大統領が、ベラルーシにはチェルノブイリ問題は存在しないといっているためだという。そうした権力のおぞましいバリアを突破して、この書は存在している。広河隆一氏は「言葉とは、こうしたことをなしとげるために存在しているのか、と思うばかりだ」と賛辞を贈っている。

 

 「チェルノブイリの祈り 未来の物語」は岩波現代文庫。1040円(税別)。初版第1刷は2011年6月11日。スベトラーナ・アレクシエービッチは1948年生まれ。戦争の英雄神話を打ち壊し、国家の圧迫にあらがい執筆。「アフガン帰還兵の証言」(日経新聞社)、「戦争は女の顔をしていない」(群像社)など。


チェルノブイリの祈り――未来の物語 (岩波現代文庫)

チェルノブイリの祈り――未来の物語 (岩波現代文庫)

  • 作者: スベトラーナ・アレクシエービッチ
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2011/06/17
  • メディア: 文庫



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