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公共放送の財産が毀損された~濫読日記 [濫読日記]

公共放送の財産が毀損された~濫読日記

「NHKと政治権力 番組改変事件当事者の証言」(永田浩三著)

11-7-2014_001.JPG 「NHKと政治権力 番組改編事件当事者の証言」は岩波現代文庫、1240円(税別)。初版第1刷は2014年8月19日。永田浩三氏は1954年大阪生まれ。東北大卒、77年NHK入局。「ETV2001」編集長。2002年、「クローズアップ現代」で国谷裕子キャスターらと菊池寛賞共同受賞。2009年から武蔵大教授。













 NHKは、2014年3月期決算で事業収入6500億円余りという世界最大の公共放送である。しかも、その収入は98%が受信料である。つまり、この巨額の収入は、普通なら黙っていても入ってくる。民放は、在京キー局といえども予算規模はせいぜい3000億円程度だ。しかも、収入はスポンサー料が大半であるため、視聴率競争に勝たねばならない。なけなしの番組制作費を、視聴率などあてにできないドキュメンタリーだの、シリアスな社会派ドラマだのに注ぎ込む余裕はない。

 しかし、NHKはそれができる。だから、宴会芸の延長のようなバラエティー番組でお茶を濁す民放をしり目に、NHKこそが「社会」や「歴史」を掘り下げた番組をつくれる。実際、これまでNHKが手掛けた番組には、民放にとっては「雲の上を行く」ものがいくつかあった。

 NHKはしかも、日本列島をほぼカバーできる。列島全域を対象とするメディアとしては、テレビとともに新聞があるが、1960年安保以降、マスメディアのトップは「テレビ」であった。「ニュースを何によって最初に知るか」という世論調査で、テレビが新聞を追い抜いたのが61年である(逢坂巌著「日本政治とメディア」2014年、中公新書)。

 こんな位置にあるNHKだからこそ、文字通り「公共」のための放送であってほしい。しかし、権力者にとっては、もしこれを政治的プロパガンダに利用できるとしたら、願ってもないことであろう。そんな誘惑にかられた、一部の政治家たちの蹂躙の跡は、今も生々しい。

 「事件」が起きたのは20011月下旬。つまり21世紀初頭である。標的とされた番組の放映は130日だった。番組内で取り上げた「女性国際戦犯法廷」が開かれたのは前年12月。日本軍による慰安婦問題が裁かれ、何人かの識者のコメントが組み合わされた。しかし、「慰安婦」の存在自体に異を唱える自民党の「歴史修正主義者」たち=中川昭一氏(故人)や安倍晋三氏ら=による「圧力」と、放映当日までのNHK幹部らの動きによってズタズタにされる。

 この番組の統括プロデューサー、つまり番組作りの現場責任者である永田浩三氏が事件の経緯を細かく綴ったのが、本書である。自身の感情の動きも含め(そこには自責の念が色濃くにじんでいる)、極めて率直に書かれている。ただ、逆にいえば、この書は、永田氏一人の視点で書かれている、ともいえる。だから、実際には番組改変圧力は総局長や国会対策担当局長(正式名称は総合企画室担当局長)らを通して下りてきているが、その部分が、真実の追求よりも「現場の証言」にとどまっているきらいがある(著者自身も「真相にまで至れず力不足」と自省している)。つまり、やや隔靴掻痒の感があるが、それを言えば、ないものねだりであろう。番組改変を巡って、NHK幹部らがどう立ち回ったかが、当事者の息遣いが伝わるかのように臨場感あふれる筆致で描かれているのは間違いない。

 著者は、「あとがき」で、事件をこう総括している。①現場へのリスペクトがないこと―報道機関としては致命的である②政権と距離を保てないカッコつきの民主主義―NHKの体質の問題③安倍政権の「戦後レジームからの脱却」がもたらす反知性主義びよる公共財としてのNHKの毀損―もちろん、NHK職員自身の責任も免れない、という自戒を込めて―。

 たった一つの番組が無残に改変された、というにとどまらない傷の深さを、この「永田証言」は語っているように思える。

NHKと政治権力――番組改変事件当事者の証言 (岩波現代文庫)

NHKと政治権力――番組改変事件当事者の証言 (岩波現代文庫)

  • 作者: 永田 浩三
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2014/08/20
  • メディア: 文庫


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