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戦時下で揺れる心~映画「小さいおうち」 [映画時評]

戦時下で揺れる心~映画「小さいおうち」


 昭和11年。2.26事件が起きた年である。斎藤隆夫の粛軍演説もこの年だ。世の中が「戦争」へと傾斜を強め、暗く騒然とし始めるころ。しかし、作品では(第2次)上海事変から真珠湾攻撃に至る戦況が登場人物によって庶民的口吻で語られるなど、若干の「戦争」の影はあるが、それらはあくまで後景にすぎない。

 丘の上に立つ赤い屋根の「小さい」おうち。その下で暮らす平井時子(松たか子)は玩具会社の常務を夫に持ち、布宮タキ(黒木華)をお手伝いさんとして同居させる中産階級の洒脱な女性である。だれしもがうらやむような暮らしの中で、時子は夫の部下・板倉正治(吉岡秀隆)と出会い、その芸術家肌の人間性に心が揺れ始める―。

 しかし、この小市民的な「小さいおうち」で展開されるドラマは、けっして時子の一人称で語られることはない。タキが死に際に残した大学ノートによって明らかにされる。あるいは正治のまなざしが、時子のほのかな恋の灯を予感させる。そして、一通の封書がタキの手元に残されていたことから、すべてが明らかになる。

 間接話法によってしか、時子の「不倫」は語られない。そのことが、この作品の「価値」に結びついている。後景としての「戦争」に対して、時子の恋も、あくまで「点景」にとどまっているのである。タイトルに「小さい」と入れた意味もそこにあると思える。あの時代と、そこで生きた者たちの揺れる心を、あくまでロングフォーカスの風景として映像に定着させる。これが山田洋次の考えたことではなかったか。

 そのうえで、時子の息子・恭一(米倉斉加年)に晩年「あの時代はだれもが不本意な生き方を強いられた」と語らせることで、この物語の「額縁」を完成させている。そんな映画である。

 小さいおうち.jpg

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