「慰安婦」問題を考える出発点に~濫読日記 [濫読日記]
「慰安婦」問題を考える出発点に~濫読日記
「慰安婦と戦場の性」(秦郁彦著)
「慰安婦と戦場の性」は新潮選書。1600円(税別)。初版第1刷は1999年6月30日。秦郁彦氏は1932年山口県生まれ。1956年東京大法学部卒。ハーバード大など留学。2002年まで日大法学部教授。「昭和史の謎を追う」(文藝春秋)など、昭和史に関する著書多数。 |
橋下徹・大阪市長の発言で注目された日本軍「慰安婦」問題、社会的な議論が始まったのは比較的最近である。1990年に韓国で挺身隊問題対策協が設立され、翌年に韓国の元「慰安婦」が名乗り出て、その年のうちに韓国人女性3人が東京地裁に提訴。さらに92年には朝日新聞が、日本軍の関与を示す防衛庁資料を公表した。
その前史として千田夏光の「従軍慰安婦」が1970年代に刊行されている。
これらをうけて1993年、いわゆる「河野談話」が出され、慰安所の設置、管理、「慰安婦」の移送には日本軍の関与が認められるとした。さらに朝鮮半島出身者の募集、移送、管理なども「総じて」本人たちの意思に反して行われたとした。そのうえで「心からお詫びと反省の気持ち」を表した。秦氏によれば「総じて」は、河野談話が踏まえた調査結果にはなく、官房長官判断で付け加えられたという。これが後のち、「全体として強圧的に本人の意思に反して」「慰安婦」を集めた、という事実認識と理解され、議論の的になっていく。
すなわち、橋下発言などに見られるように、「『慰安婦』強制連行の事実はあったか⇒なかった」というやや矮小化された議論に流れていく。
たしかに、今日でも「慰安婦」問題は歴史的事実として確定されてはいない。理由はいくつかある。「慰安婦」として名乗り出た韓国人女性の証言が裏付けられていないこと(一方で、日本人「慰安婦」が名乗り出たという事実はない)▽日本側の「軍関与」の証拠書類が不足していること―などであろう。
さらに、その後国連人権委から出された報告書の不完全性(秦氏によれば「学生レポートなら落第点」)や、朝日新聞をかついだ吉田清治なる人物の詐話(ザンゲ話)が絡んで、「慰安婦」をめぐる事実認定は混とんとするのである。
そんな中で、「慰安婦」問題の論点を整理してみることは、大いに意味あることであろう。特に歴史家としては保守のスタンスを持つ秦氏は、「慰安婦」問題にしても「前のめり」の対応をしているわけではない。学者としての緻密さを維持しながらのアプローチはそれなりに評価すべきであろう。
そのうえで、植民地だった朝鮮で、民間業者の「甘言や、ときに強圧的な態度」で集められた「慰安婦」が軍の管理と移送で「慰安業務」を強いられたことをどう理解するか。はたしてそれは「強制ではなかった」といえるのか。目に見える「強制連行」がなければ、「性奴隷制」ではなかったと言い切れるのか。
この1冊は、肯定的に読むにしても否定的に読むにしても、「慰安婦」問題を考える上での出発点になり得ることは確かである。
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