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これぞノンフィクションの力技 [濫読日記]

これぞノンフィクションの力技

「永山則夫 封印された鑑定記録」(堀川惠子著)

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「永山則夫 封印された鑑定記録」は岩波書店、2100円(税別)。初版第1刷は2013227日。著者堀川惠子は1969年広島県生まれ。フリーのドキュメンタリーディレクターでノンフィクションライター。「死刑の基準―『永山裁判』が残したもの」(2009年)で講談社ノンフィクション賞。「裁かれた命―死刑囚から届いた手紙」(2011年)で新潮ドキュメント賞。













 1枚の写真が掲載されている。ひげを生やしているが、柔和な表情である。視線も柔らかい。連続射殺事件の犯人として、この時から23年後に死刑になる永山則夫、当時24歳。場所は八王子医療刑務所。撮影者は石川義博医師。永山との面会最終日に撮ったという。
  永山は逮捕直後の獄中ノートをまとめた「無知の涙」を出版している。収められた彼の筆跡の写真は暗い言葉がぎっしりと連ねられ、異様さに満ちている。しかし、逮捕から数年を経たこの時の笑顔は、そのイメージとはあまりにかけ離れている。

 石川医師は278日間の精神鑑定の結果、対話を通じて永山の心を開き182㌻に及ぶ鑑定書を残した。しかし、医師はこの鑑定作業を最後に犯罪精神医学の分野から手を引き、一般患者と向き合う臨床医に転身する。その理由を、こう語る。「もう絶対にやるまい、意味がないと思ってね」―。

永山の生涯を振り返った対話の大部分は録音された。著者・堀川が取材を通じて100時間にも及ぶテープの存在に気付いたのは、永山が世を去って10年以上たった2008年である。医師はこのテープ―永山の肉声―を手離せずにいた。

永山事件は一審死刑、二審無期、最高裁差し戻し(事実上の死刑判決)という経緯をたどる。一、二審の差は石川鑑定をめぐる評価の差だった。石川鑑定に一言も触れなかった最高裁の判断は、この鑑定を葬り去るものだった。

「貧困と無知による金欲しさゆえの凶悪犯罪」。最終的に永山事件で下された司法の判断である。しかし、育った家庭環境と社会環境―貧困、暴力、疎外―を永山自身の言葉から探り出した石川鑑定は、当時としては先進的なものであったために、容易に受け入れられるものではなかった。永山と医師の対話を丹念に分析した本書を読むと、少年犯罪では今日ごく当たり前に語られるPTSD(心的外傷後ストレス障害)やアスペルガー症候群の概念が当時の鑑定書に盛り込まれていたことが分かる。

いったんは司法によって葬られた鑑定書を発掘し、現在の精神医学の水準で光を当て直す。それによって事実認識の修正を迫る。ノンフィクションの力を見せつける一冊だ。

永山の肉声テープを捨てきれなかった石川医師と同じく、永山もまたこの分厚い鑑定書を捨てきれなかったのだという。それを聞いて涙した医師の心中は推測の及ぶところではない。

永山則夫 封印された鑑定記録

永山則夫 封印された鑑定記録

  • 作者: 堀川 惠子
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2013/02/28
  • メディア: 単行本

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