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戦争体験と「戦後」の非連続性~濫読日記 [濫読日記]

戦争体験と「戦後」の非連続性~濫読日記


「敗戦と戦後のあいだで 遅れて帰りし者たち」五十嵐惠


 

 戦争と戦後の間_001.JPG「敗戦と戦後のあいだで 遅れて帰りし者たち」は筑摩書房刊。初版第1刷は2012915日。1700円(税別)。五十嵐惠邦は1960年生まれ。シカゴ大、アイオワ大などを経てバンダービルト大准教授。戦後日本文化史専攻。著書に「敗戦の記憶―身体・文化・物語 1945-1970」。 





 







 戦争の記憶が、人々を行動に駆り立てた一つの実例として1960年の安保闘争がある。戦後15年のこのとき、20歳の青年には戦争の記憶がある。「ああいう時代にまたなるのではないか、という恐怖感から安保闘争に立ちあがったんです」(大歳成行「安保世代1000人の歳月」=小熊英二「社会を変えるには」から孫引き)という証言もある。

 しかし、全国で500万人が立ちあがったという安保闘争は終息し、所得倍増を掲げた池田勇人の登場で、世の中は東京オリンピック→高度経済成長へと舞台を転換する。内的断層を抱えたまま、日本は一見華やかな経済大国への道を突き進む。

 そんな中で、抱えきれぬ戦争体験を抱えて、戦後社会を生き抜くにはどうすればよかったか。「戦争」が投影された「戦後」はあったのか。この問題意識に立って著者は5人の体験に注目する。彼らの共通項は、流砂のような時代の波に覆い隠されたかに見えた戦争と戦後の断層を目の当たりにしていた点である。うち、3人への論考の概略を紹介してみよう。

 五味川順平と「人間の条件」

 五味川はなぜ、この長編小説を書いたか。自身の体験を基盤に、あの戦争をもう一度生き直してみる必要があったのだ、と筆者は見る。しかし、作者の分身である梶上等兵は中国の雪原に没する。五味川自身と違って祖国に帰還することはない。戦時体制下を良心をもって生きながら、梶はやはり国家の暴力装置の末端でしかありえなかったという苦い結論を取らざるを得なかった著者の思いが、梶の帰還を許さなかった。主人公の梶は、長編小説にも関わらず姓のみで名前がない。一方、戦後社会の象徴ともいえる美千子には、旧姓がない。梶は美千子のもとに帰還してこそ一つの人格になるのだが、永遠にそれはない。ちなみに、この小説が発表されたのは1956-58年、映画が公開されたのは59-61年だった。小説が完結した1958年とは映画「ALWAYS三丁目の夕日」が理想化してみせた時代である。

 告発せず 石原吉郎

 詩人・石原にとって、生死を賭けたシベリア抑留体験は容易に外的世界と結びつき得るものではなかった。

 ――問題は、現在の私自身が、シベリヤの経験を「どう受け止めているか」ということである。

 しかも、戦後社会にとって、祖国のために命を捧げた特攻の若者たちとは違い、シベリアからの抑留者帰還は「不都合な真実」でもあった。抱えきれない体験を抱えて、石原は、告発としてではなく「どう受け止めるか」を詩に書き続けた。ある詩で石原は「虚妄の耳鳴り」という言葉を使う。自身と戦後社会の関係、断絶したコミュニケーションを表している。

 しかし、詩作の成功によって、石原は皮肉にも世間的な評価を受ける。本来は高度経済成長期の日本で風壊すべきであった石原の「内的体験」は自身の目論見とは違い屹立する。そのことを著者は「荘厳なモニュメントそして誤認されてしまった」と評する。

 過去からの救出 小野田寛郎

 横井庄一はグアムで、全く偶然に発見され祖国に帰還した。これとは違って小野田は周到な作戦を経て「投降」し、帰還した。横井は戦後日本に「パニック」をもたらしたが、小野田がもたらしたものは、違和感であった。

 小野田は、30年近い年月をジャングルで暮らした。その間彼は、自身が言うように本当に「戦時」と認識していたか。著者はここに動かし難い疑問を抱く。確かに、情報将校小野田が、この間「終戦」を知らなかったとは考えにくい。だとすれば、彼は単なる山賊だったのか。それを隠さなければならなかった政治的意図とは―。

 著者はそこに、戦後社会における戦争体験の無害化を見ている。たとえば投降の儀式が日比間で大々的に行われたことの意味を、そこに見る。しかし、小野田が持ち込んだ「戦時」は、「戦後」に亀裂と違和感をもたらす。小野田という暴力的存在が戦後風景に似合わなかったのである。

    ◇

 ここで書かれたのは「戦争」と「戦後」の非連続性である。その断層を確認しながら、あらためてその意味を考えてみてもいいだろう。しかし、一方でそれゆえにこそ、日本社会の連続性が別にあるという思いがする。例えばここで、戦争と戦後を「包括する概念」として「昭和」という時代に注目したJ・ダワーの労作「昭和 戦争と平和」に目を向けてみるのもいいだろう。

敗戦と戦後のあいだで: 遅れて帰りし者たち (筑摩選書)

敗戦と戦後のあいだで: 遅れて帰りし者たち (筑摩選書)

  • 作者: 五十嵐 惠邦
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2012/09/13
  • メディア: 単行本



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