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女性の影が薄いのはなぜ?~映画「船を編む」 [映画時評]


女性の影が薄いのはなぜ?~映画「船を編む」


 「辞書作り」をメーンに置いた作品。この活字離れ、本離れの時代に似あうのかな、と思っていたらどうしてどうして、2時間余りという最近では長尺に入る映画だったが、中だるみはなかった。

 ある出版社。コミュニケーションが苦手で、まじめ一方だがどこか憎めない馬締光也(松田龍平)に辞書編集部への異動が命じられる。そこでは、流行語も柔軟に取り入れ、現代に通用する辞書作りの構想が進められていた―。主幹に加藤剛、ちょっと軽薄な先輩社員にオダギリジョー、いったんは定年で辞めていく職場の生き字引的存在に小林薫というキャスティングはなかなか絶妙。この辺の役者のバランスが、辞書作り=言葉との格闘を軸に組み立てられた地味なストーリーをあきさせないものにしている。

 時代は19952010年。つまり、辞書を世に出すまで15年かかったという設定。もちろん、この間に世を去る人もあり、馬締も結婚する。余計なことだが、この時代、どういう時代だったか考えてみた。55年体制の自民党政権が倒れ、いくつかの連立政権を経て民主党政権が誕生するころにあたる。映画の登場人物に即して言うと、2001年から5年間は小泉純一郎首相が政権を担い、構造改革が進み、非正規社員が増えた時代である。このころに、悲喜こもごもはあったにせよ、一つの仕事に打ち込んでいられたのは、間違いなく「幸福な」部類の人たちのストーリーだと言えるだろう。つまりはその幸せ感が、この映画のほのぼの感を醸し出していると思われる。

 先述したように、職場の男たちの「配置」とバランスはなかなか良くできていると思うのだが女性の描き方が物足りなく、ストーリーの輪郭を薄めている。たとえば馬締と結婚することになる林香具矢(宮崎あおい)が彼の告白を受け入れるシーンは、やや唐突感があるし、彼女自身は基本的に不器用でありながら頼りがいのある女性、という設定だろうが、そのへんがすんなりとは伝わってこない。映画後半で辞書編集部に配属になるトレンディ―女性・岸辺みどり(黒木華)は本来、面白い役回りだろうが、彼女がいることの意味合いが今一つ伝わらない。

 渡辺美佐子(下宿のおばちゃん)と加藤剛はいまさら言うこともない達者ぶり。この二人の死生はかなりあっさりと描かれているが、その点は「辞書作り=蘊蓄モノ」という映画の性格を考えると割り切りはよく分かる。

 結論を言えば、重さはないが退屈はしないよ、というところか。

 「船を編む」.jpg


舟を編む

舟を編む

  • 作者: 三浦 しをん
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2011/09/17
  • メディア: 単行本





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