戦争の残虐さを知る~映画「ソハの地下水道」 [映画時評]
戦争の残虐さを知る~映画「ソハの地下水道」
ウクライナ北西部の都市リヴィウのことを調べてみた。ポーランド国境から約70㌔。この都市にはさまざまな名前がある。ドイツ語からのレンベルク、ポーランド語からのルヴフ、ロシア語からのリヴォフ。これは、5世紀以来多くの大国によってかの地が支配されてきたことを物語る。ちなみに、リヴィウはウクライナ語である。そういえば、ユル・ブリンナ―が演じた「隊長ブーリバ」(原作ゴーゴリ)は、ウクライナの草原を駆けるコサックが、ポーランド支配から立ち上がる物語であった。特に第1次大戦のころから、ポーランド、ロシア(ソ連)、ドイツが入り乱れ、この温暖な小都市の征服を繰り返した。
1941年、独ソ戦が始まり町はナチス・ドイツが占領する。戦後、ソ連軍によって「解放」され、ウクライナに組み込まれる。この映画は、このころ、ナチの占領下で行われた「ユダヤ人ホロコースト」と、そこから必死で生き延びた人たち、そしてそれを助けたポーランド人の物語である。
ソハ(ロベルト・ヴィエツキーヴィッチ)は地下水道の修理とささやかな泥棒家業で生活の糧を得ている。いつもどおり盗品を地下水道に隠していると、地上から穴を掘って水道に降りて来た一団と出くわす。収容所行きを逃れてきたユダヤ人のグループだ。ナチに通報することで報奨金を得ることもできるが、地下水道に精通するソハは見返り金を目当てに、彼らの案内人を引き受ける。
ソハは、ナチス・ドイツに対するレジスタンスの志も格段の能力も持ち合わせているわけではない。せこい日常を送る普通の人間で、ただ彼らを見過ごすことができなかっただけなのだ。しかし、ユダヤ人グループの資金が尽きると、今度は自分のカネを渡してこういう。「このカネをみんなの前で俺に渡してくれ。タダでこんなことをしていると思われたくないんだ」。こうして、逃亡者たちは43年から戦争が終わる45年までの14カ月を悪臭と汚濁の地下水道で暮らす。
監督はアグネシュカ・ホラント。ホロコーストの実態やそこからの逃亡生活を、ヒロイズムを排除しながらかなりリアルに描き出す。しかし、どんな環境に追い込まれようと人間は人間としての営みをやめない、という展開は一筋の救いになっている。ドイツとポーランドの合作。この両国がこの映画を作ったことの意味は大きい。そして映画は単一言語での製作という手法はとらず、ドイツ語、ロシア語、ポーランド語がそのまま語られている。ここにも、この映画の製作者の思想を感じ取ることができる。観るべき映画だと思う。
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