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時代劇で描く「格差と貧困」~映画「一命」 [映画時評]

時代劇で描く「格差と貧困」~映画「一命」

 鍋島藩士による武士道の口述を筆記した「葉隠」の里、佐賀に住んだ作家・滝口康彦は一貫して武家社会の非人間性と不条理を描いた。藤沢周平もこうした視点を持つ作家であったが、滝口には藤沢のような抒情性はなく、もっと直截にテーマを追い続けた。その代表作が「異聞浪人記」である。

 反戦大河小説である五味川純平の「人間の條件」を6部作・9時間半の長編映画に仕上げ、一人のインテリによる軍部の横暴への懐疑と抵抗を描いたのは小林正樹監督であった。小林はこの作品の後、「人間の條件」と同じ仲代達矢を主演とする初の時代劇「切腹」に取り組む。原作は「異聞浪人記」。この2本が小林の代表作であり、絶頂期であろう。1959年から62年にかけて、ちょうど60年安保闘争をまたぐ時期である。

 小林は基本的に現代劇を撮る社会派監督で、時代劇は同じ滝口の原作による「上意討ち 拝領妻始末」と、強いて挙げれば「怪談」しかない。しかし「切腹」は、世界に「ハラキリ」なる言葉を定着させるほど衝撃的で完成度の高い作品であった。小林の手腕もさることながら、キャストが興味深い。主演・仲代のほか、準主役が岩下志摩、三国連太郎と、重厚な顔ぶれである。

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 この「切腹」を半世紀ぶりにリメークしたのが三池崇史監督の「一命」である。小林版では浪人・津雲半四郎(仲代達矢)と井伊家家老・斎藤勘解由(三国連太郎)が対をなすが、三池版では切腹を強要される千々岩求女(瑛太)を意識的に前面に出している。そのため、武家社会に対する素浪人の抵抗と懐疑という作品自体のテーマ性が希薄になったことは否めない。原作にある「五十五、六で尾羽うち枯らし、みすぼらしいがいかつい」という津雲の人物像に比べ、演じる市川海老蔵はあまりに若く颯爽としている。従って瑛太との、義理だが親子関係というのも自然には見えない。そこは、映像化にあたって原作に忠実である必要もないし、些事より海老蔵の正統派所作をとったのだ、という説明がつかないわけではないが、やはりここは海老蔵より斎藤勘解由を演じた役所広司こそ津雲半四郎にふさわしい。
 こうしたキャスティングのねじれが、映像全体に流れる空間のデフォルメという、いささかあざとい演出手法に現れている気がしてならない。陰鬱な襖絵によるオカルト的な井伊家内部、庭に面して立つ巨大な家紋の彫り物、足の不自由な斎藤勘解由が廊下を渡る際の不規則で不気味な音響。武家社会の歪みを表現するという、その意図が分かりすぎるほど単純に分かってしまうだけに、小林作品にあった虚無性が消えてしまっている。おそらく、海老蔵が演じる武士の悲哀にそのことを託したのかもしれないが、残る後味は「オカルト」に近い。

 小林が「切腹」によって封建的な社会の不条理を描いた直後から日本は高度経済成長時代に突入する。バブルの時代が終わって1990年代に本格的な経済低迷が始まると、新自由主義による格差と貧困の時代が訪れた。この「格差と貧困」を時代劇の額縁の中で描いた、と読めば、一定の作品の価値と時代性を見いだすことができる。

 いまさら、の感がないでもないが、簡単にストーリーを紹介すると―。

 寛永年間のある秋のこと。若い浪人が武勇の誉れ高い井伊家の門をたたく。切腹のため、玄関先を貸してほしい―。戦の時代は去り、平穏な世の中。流血を嫌う武家は浪人を雇うか、金銭を渡して追い払うのが常だった。そうすると、これを狙った「切腹」の申し出が相次ぐ。「狂言切腹」である。


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 ところが井伊家の対応は違った。「心おきなく切腹を」と浅黄の上下を用意、庭に畳2枚を敷く。出された脇差は浪人が持参した竹光だった。若い浪人は井伊家家臣のあざけりの中で竹光での切腹を強いられ、非業の死を遂げる。 それから数日たち、再び浪人が井伊家を訪れ、切腹を志願する。若い浪人の最期の模様を聞き、その浪人がなぜ「狂言切腹」を思い立ったかを話し始める。城の無断修築を咎められた広島・福島藩が改易に遭い、多くの家臣が路頭に迷う。戦乱の時代は既に去り、新たに武士を雇う藩などどこにもない。糊口をしのぐ毎日。病苦と貧困がもたらしたものは…。

 映画公開に合わせて滝口康彦の時代小説短編集「一命」が講談社から刊行された。なかなか読みごたえがある。おすすめだ。


一命 (講談社文庫)

一命 (講談社文庫)

  • 作者: 滝口 康彦
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2011/06/15
  • メディア: 文庫

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