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消された良心~ある科学者たちの「建言」 [社会時評]

消された良心~ある科学者たちの「建言」

 「君はいつから神を信じるようになったのか」。ある人に問われた。前回ブログで原発事故に関連し「神をも恐れぬ所業」と書き散らしたからである。別段、東北を襲った大震災と「フクシマ」の現実におぞけが差し、心境が変化したわけではない。わが身の愚と小ささを忘れた人間には神の目を意識し、畏れる心が必要と思っただけの話である。では、ただのレトリックとして「神の目」を持ち出すことの傲慢さはどうなのかね、と切り返されそうだったので、つまらぬ神学論争は早々に打ち切りにした。

 そして前回のブログでは「今日まで日本の原子力政策を支えてきた学者諸氏は、少なくともこの『フクシマ』の惨状になんらかの謝罪のコメントを発すべきではないのか」とも書いた。これについても指摘をいただいた。実は、一部の学者が提言を発表し、それが新聞に掲載されていたのである。4月2日付読売の2面。2段見出しで「『国内の知識 総動員を』原子力専門家が提言」とある。顔ぶれを見て驚いた。元原子力安全委員長、元日本原子力学会会長、東京大名誉教授と、そうそうたる顔ぶれである。記事の末尾ではメンバーの一人が「世間には申し訳ないと言わざるを得ない」と語っている。

 これはどういうことだろうか。疑問の一つ目。肩書からすると、日本の原子力政策の「本流」を歩いた人たちに違いない。つまり、在野の反原発派といった人たちではない。この人たちが「状況はかなり深刻で、広範な放射能汚染の可能性を排除できない」として「世間に申し訳ない」と謝っている。少なくとも私たちが政府発表によって得ている状況認識とは違うものを持っているように思える。このギャップはどこから来るか。そして、この人たちのいかなる心境が、このような行動をもたらしたのか。

 疑問の二つ目。読売の扱いは目立たなさすぎる。学界の重鎮たちの発言なのだ。他紙は…と探したら、どこにもない。掲載がない。つまり大方のメディアは、この発言を黙殺したのである。なぜか【注】。

 これらの疑問の答えは実は、想像がつかないわけではない。しかし、その中身を言うのはとても怖い。ある意味、フクシマの現実よりも怖い話かもしれない。

 日本に戦争の時代がきたとき、軍靴の足音を聞きながらじわじわと語るべき言葉が失われていった。それは明確な、目に見える強制力によってではなかったはずだ。かつて他者の記憶であったこうしたことを私たちは、すでに自己の記憶として取り込んでいる。

 放射能汚染という恐怖を抱えるフクシマは、もう一つの恐怖をも拡散し始めたような気がしてならないのだ。

 以下、新聞に掲載されることのなかった「建言」を載せる。

                  福島原発事故についての緊急建言

はじめに、原子力の平和利用を先頭だって進めて来た者として、今回の事故を極めて遺憾に思うと同時に国民に深く陳謝いたします。

私達は、事故の発生当初から速やかな事故の終息を願いつつ、事故の推移を固唾を呑んで見守ってきた。しかし、事態は次々と悪化し、今日に至るも事故を終息させる見通しが得られていない状況である。既に、各原子炉や使用済燃料プールの燃料の多くは、破損あるいは溶融し、燃料内の膨大な放射性物質は、圧力容器や格納容器内に拡散・分散し、その一部は環境に放出され、現在も放出され続けている。

特に懸念されることは、溶融炉心が時間とともに、圧力容器を溶かし、格納容器に移り、さらに格納容器の放射能の閉じ込め機能を破壊することや、圧力容器内で生成された大量の水素ガスの火災・爆発による格納容器の破壊などによる広範で深刻な放射能汚染の可能性を排除できないことである。

こうした深刻な事態を回避するためには、一刻も早く電源と冷却システムを回復させ、原子炉や使用済核燃料プールを継続して冷却する機能を回復させることが唯一の方法である。現場は、このために必死の努力を継続しているものと承知しているが、究めて高い放射線量による過酷な環境が障害になって、復旧作業が遅れ、現場作業者の被ばく線量の増加をもたらしている。

こうした中で、度重なる水素爆発、使用済核燃料プールの水位低下、相次ぐ火災、作業者の被ばく事故、極めて高い放射能レベルのもつ冷却水の大量の漏洩、放射能分析データの誤りなど、次々と様々な障害が起り、本格的な冷却システムの回復の見通しが立たない状況にある。

一方、環境に広く放出された放射能は、現時点で一般住民の健康に影響が及ぶレベルではないとは云え、既に国民生活や社会活動に大きな不安と影響を与えている。さらに、事故の終息については全く見通しがないとはいえ、住民避難に対する対策は極めて重要な課題であり、復帰も含めた放射線・放射能対策の検討も急ぐ必要がある。

福島原発事故は極めて深刻な状況にある。更なる大量の放射能放出があれば避難地域にとどまらず、さらに広範な地域での生活が困難になることも予測され、一東京電力だけの事故でなく、既に国家的な事件というべき事態に直面している。

当面なすべきことは、原子炉及び使用済核燃料プール内の燃料の冷却状況を安定させ、内部に蓄積されている大量の放射能を閉じ込めることであり、また、サイト内に漏出した放射能塵や高レベルの放射能水が環境に放散することを極力抑えることである。これを達成することは極めて困難な仕事であるが、これを達成できなければ事故の終息は覚束ない。

さらに、原子炉内の核燃料、放射能の後始末は、極めて困難で、かつ極めて長期の取組みとなることから、当面の危機を乗り越えた後は、継続的な放射能の漏洩を防ぐための密閉管理が必要となる。ただし、この場合でも、原子炉内からは放射線分解によって水素ガスが出続けるので、万が一にも水素爆発を起こさない手立てが必要である。

事態をこれ以上悪化させずに、当面の難局を乗り切り、長期的に危機を増大させないためには原子力安全委員会、原子力安全・保安院、関係省庁に加えて、日本原子力研究開発機構、放射線医学総合研究所、産業界、大学等を結集し、我が国が持つ専門的英知と経験を組織的、機動的に活用しつつ、総合的かつ戦略的な取組みが必要である。

私達は、国を挙げた福島原発事故に対処する強力な体制を緊急に構築することを強く政府に求めるものである。

                                                                  平成23330

青木 芳朗  元原子力安全委員

石野  栞  東京大学名誉教授

木村 逸郎  京都大学名誉教授

斎藤 伸三  元原子力委員長代理、元日本原子力学会会長

佐藤 一男  元原子力安全委員長

柴田 徳思  学術会議連携会員、基礎医学委員会 総合工学委員会合同放射線の利用に伴う課題検討分科会委員長

住田 健二  元原子力安全委員会委員長代理、元日本原子力学会会長

関本  博  東京工業大学名誉教授

田中 俊一  前原子力委員会委員長代理、元日本原子力学会会長

長瀧 重信  元放射線影響研究所理事長

永宮 正治  学術会議会員、日本物理学会会長

成合 英樹  元日本原子力学会会長、前原子力安全基盤機構理事長

広瀬 崇子  前原子力委員、学術会議会員

松浦祥次郎  元原子力安全委員長

松原 純子  元原子力安全委員会委員長代理

諸葛 宗男  東京大学公共政策大学院特任教授

【注】その後の調査で4月7日付朝日新聞科学面に「原発の専門家が『総力結集』を提言 国民に陳謝も」の見出しで掲載していることが分かった。


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