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これはジャーナリズムか、それとも…~濫読日記 [濫読日記]

これはジャーナリズムか、それとも…~濫読日記

「ウィキリークス アサンジの戦争」(ガーディアン特命取材チーム)

 ウィキリークス_001.JPG「ウィキリークス アサンジの戦争」は講談社刊。2011215日に初版第1刷。「ザ・ガーディアン」は英国でも権威と伝統があることで知られる。中道左派、リベラル寄りで、調査報道の評価が高い。イラク、アフガン戦争では反戦の立場。大手メディアでは最も早くウィキリークスと接触した。 
 










 

 はるか昔の記憶の糸をたどってみよう。1970年代に実用化されたテレビの衛星放送は米国、カナダからヨーロッパに広がり、1989年には東欧圏をカバーするようになった。その「1989年」には何が起きたか。そのものずばりのタイトル「1989 世界を変えた年」(マイケル・マイヤー)という著作がある通り、東欧革命が起きたのである。この年、東欧の人々は西側の情報のみならず周辺諸国の変革の情報をも手に入れる。

 「1989」では興味深いエピソードが紹介されている。ベルリンの壁崩壊は、実は東独の党幹部によるちょっとした発表ミスが発端だったという。「旅行制限緩和」を報道機関に伝える際、報道陣に「いつから」と問われて「明日から」とすべきところを「今からすぐに」と答えたためだというのだ。直後にベルリンの壁には数万の東独市民が押し寄せる。別段、こうした行き違いが歴史を変えた、などというつもりはない。大局的に見れば遅かれ早かれ、ベルリンの壁は崩壊する運命にあったのだろう。ただ、沸点に到達しかかっていた市民の怒りに対して「アリの一穴」になったことは確かなのだ。

 北アフリカの革命はいま、リビアの崩壊という大きな局面に差し掛かっている。カダフィはもう、この流れにさからうことはできないだろう。周知のことかもしれないが、この北アフリカ革命の発端、それはウィキリークスであった。このことを「アサンジの戦争」から拾ってみる。

 ――ウィキリークスの物語により(やや微妙ながら)すぐに興味深い〝成果〟が現れたのは、通常ならばあまり目立たない国だった。チュニジアの米大使が、同国の支配者一族の腐敗や目に余る言動について激しく非難した公電が公開されると、何万人という抗議者が立ち上がり、ザイン・アル=アーヒディーン・ベン=アリーを大統領の座から失脚させたのである。

 これはウィキリークス革命と言っていいのだろうか? 断言するのは早計かもしれない。(第18章 ウィキリークスの行方)

                      

 ニュースで報じられているように、チュニジア「ジャスミン革命」のきっかけとなったのは、失業中のある若者の焼身自殺である。それまでに国民はベン=アリー一族の腐敗を知り尽くしている。だからウィキリークスによる情報は必要なかったのかもしれない。だが「アリの一穴」にはなったのである。

 ――公開された在チュニジア米大使のコメントが国中で読まれたために、国民の中に〝アメリカのワシントンが描くチュニジアのイメージ〟が増幅され、今回の街頭デモに大きな役割を果たすことになったのである。(同)


 メディアの変革、あるいは情報ツールの革新が情勢にどのような影響を与えるか、微妙な側面がよく分かる。これは先の東欧革命での衛星放送の役割と似たところがある。では一方、ウィキリークスはジャーナリズムにどんな影響を与えているのだろうか。よく知られているように、ウィキリークスはイラク戦争やアフガン戦争の実態を暴きだし(武装ヘリによる一般市民銃撃シーンは記憶に生々しい)、ホワイトハウスを震撼とさせた。この点についてガーディアンのデータ責任者は次のようなコメントを残している。

 ――インターネットがジャーナリズムを食いつぶすと言われることがあるが、ウィキリークスの記事は〝両者の融合〟だった。伝統的なジャーナリズムの技とテクノロジーの力、その両方を使って、驚くべき記事を世に送り出す。将来、データジャーナリズムは目新しい驚くべきものではなくなるかもしれないが、今のところは革命的だ。世界は変わった。変えたのはデータだ。(第8章 作戦会議室)


 このコメントはジャーナリズムとウィキリークスの関係を極めて雄弁に物語っている。だが、ことはそう簡単には運ばない。ガーディアンはともかく、「ジャーナリズムの雄」であるニューヨーク・タイムズ紙との間には不穏な空気が漂い始める。読者を意図的にウィキリークスへ誘導するようなことをすれば、米国政府は記者を公平な存在とみなさなくなるのではないか―。同紙の編集主幹は次のようにも語る。「報告書には末端の情報提供者の名が含まれていて、彼らがタリバンの攻撃目標になる…そんな事態を憂慮していた」

 これをアサンジは「臆病なアメリカ人」と見る。そんな彼は「うぬぼれ屋のアナーキスト」と呼ばれる。

 東欧革命がいまだ歴史的評価として確定していないように、北アフリカ革命の意味もそう簡単には定まらないだろう。とりあえず一つだけ言えば、米国は中東イスラム圏の民主化を目指してイラク戦争を仕掛けたが、それは逆にイスラムの結束をもたらした。しかし皮肉なことに、米国にとっては隠すべき公電がイスラム圏の民主化、近代化という「高邁な」理想の実現に一役買っていることは確かである。

 「ウィキリークス」については、これからさらに同様の著作が出るだろう。目を離せないことは、間違いない。

ウィキリークス WikiLeaks  アサンジの戦争

ウィキリークス WikiLeaks  アサンジの戦争

  • 作者: 『ガーディアン』特命取材チーム
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2011/02/15
  • メディア: 単行本




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