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世論と外交の向こう側~濫読日記 [濫読日記]

世論と外交の向こう側~濫読日記

「歴史としての日米安保条約 機密外交記録が明かす『密約』の虚実」(波多野澄雄著)

 歴史としての日米安保条約_001.jpg「歴史としての日米安保条約 機密外交記録が明かす『密約』の虚実」は20101027日に初版第1刷。2800円(税別)。著者の波多野澄雄は1947年岐阜県生まれ。慶応大学院、ハーバード大客員研究員などを経て筑波大教授。日本政治外交史専攻。「池田・佐藤政権期の日本外交」(編著)など。 











 2010年、いわゆる有識者委員会(委員長・北岡伸一東京大教授)によって核密約の実態が明らかにされた。2009年の政権交代によって1960年の安保改定、1972年の沖縄返還に絡む外交文書が明らかにされた結果だった。その結果は、必ずしも完全ではなかったが(これには外務省の文書管理のずさんさ=あるいは意図的なサボタージュ?=が関連している)、これまでグレーゾーンにあった問題が相当程度白日にさらされた。著者はその時の有識者メンバーである。

 言うまでもなく「安保」とは、冷戦の産物である。だから、この書もトルーマンのこの言葉から始まる。

 「核兵器は武器ではないということを理解しなければならない」―。(序章 安保条約の国際的背景)

 アジアの地方都市へ投下した原爆はその後、自らの手で封印せざるを得ない結果をもたらした。そのパラドックスの上にソ連、中国をはじめとする核開発競争への参加国を生み、過剰な競争=恐怖ゲームが展開される。しかし、日本はその「ゲーム」にそのまま参加することはできなかった。安保は国民的な大闘争に発展した。憲法9条は「戦争放棄」を明確にうたい、どう解釈をしようと「集団的自衛権」を憲法上で容認することは不可能だった。

 こうした中で日本列島を「不沈空母化」するための交渉が日米間で重ねられる。これはどの程度一般的な議論として流布していたか寡聞にして知らないが、著者は戦後の米軍駐留方式について「有事駐留」が有力だったと書いている。

 ――「非武装国家」として出発した日本が、占領から脱して講和を達成したとき、独立と言う体面を保ちつつ、いかに安全を確保していくかという観点に立てば、有事駐留方式が最も望ましいものと考えられた。(第1章 日米安保条約と改訂の模索)

 しかし、この路線を転換せざるを得ない事態が勃発する。朝鮮戦争の始まりである。当初考えられたのは「全土基地方式」であった。つまり、日本全土を潜在的米軍基地とみなす考え方である。だが、この考え方には「集団的自衛権」を警戒するアジア諸国の視線が大きな障害になる。この直後に安保の枠組みを協議した「下田・パーソンズ会談」では有事駐留と海外派兵がセットで語られている。今日、鳩山政権が持ち出した構想がこの時点で議論されているのである。しかし、この地ならしを経て行われた重光・ダレス会談は、きわめて微妙なやり取りになった。

 ダレスは「日本は米国を守ることができるか」と繰り返し聞く。これに対して重光は「海外出兵について自衛である限り協議することはできる」と答える。米国を守るために出兵するとは言ってないのである。日本が自衛権を行使する、その範囲でなら出兵できる、と答えている。ダレスは「日本が海外出兵できるとは知らなかった」と漏らす。

 まことに「ガラス細工」のような論理構成が重ねられていく。そして、話は安全保障の核心ともいうべき核兵器持ち込みに関する「事前協議制」に及ぶ。既に報道されているが、安保条約をめぐる議論で、日米両国は認識の違いがあると知りながら意図的に放置したと見られる経緯がある(有識者委員会はこれを「密約に当たらない」とした)。核搭載艦船の「イントロダクション」をめぐる部分である。米側は核兵器の「新たな配備」と解釈し、日本側は文字通りすべてを「持ち込み」だと解して国会でもその通り答弁している。核搭載艦船の寄港(トランジット)は、米側によれば事前協議の対象ではないが、日本側では「対象」になる。この認識の違いはしかし、その後の交渉で意図的に放置される。世論と外交のはざまで、もはや統一的見解を求めるのは不可能だと判断されたからである。米側は核兵器を積んでいるともいないとも答えない「あいまい政策」をとるから、わざわざ「事前協議の対象」とも言わないかわりに「対象でない」とも言わない。その後、事前協議制は1度も適用されることがなかった。こうして日米の「共同正犯」が成り立つ。

 ――日本側は交渉(注:安保交渉)全体を通じて、艦船の寄港や領海通過はどのような場合にも事前協議の対象となる、という認識に変更を余儀なくされたとは受け止めなかった。つまり、双方に認識の乖離があったことになる。(第6章 事前協議と「密約」)

 この事例は、まさしく「冷戦の論理」と「核兵器を否定する世論」とのはざまで行われた苦渋の外交の足跡を如実に物語っている。

歴史としての日米安保条約――機密外交記録が明かす「密約」の虚実

歴史としての日米安保条約――機密外交記録が明かす「密約」の虚実

  • 作者: 波多野 澄雄
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2010/10/28
  • メディア: 単行本



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