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濫読日記~「選挙演説の言語学」東照二著 [濫読日記]

 

 興味深いが手抜きも目立つ~濫読日記

「選挙演説の言語学」東照二著

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 「選挙演説の言語学」はミネルヴァ書房刊。2400円(税別)。初版第1刷は2010年6月10日。著者の東照二は1956年生まれ、ユタ大、立命館大教授(兼任)。専門は社会言語学。

 











 言語学者の立場から政治家の発言、特に演説を分析する。これはもはや一つのジャンルである。東には前著「言語学者が政治家を丸裸にする」(2007年、文藝春秋)がある。抜群に面白い本であった。有力政治家の言辞を分析する中で、特に小泉純一郎と安倍晋三を比較するあたりがもっとも興味をそそる部分であった。
 小泉は、いうまでもなく短文の名手であり、疑問形を効果的に使う、セリフをためる、コードスイッチを頻繁に使う、単純な二元論に相手を引き込む…などの演説テクニックの使い手である。安倍もまた、事前に用意した演説では短文に徹し、簡明で単純な言い回しを心がけた。所信表明におけるイメージ戦略では、安倍は小泉を超えていた、とさえ東は評している。
 しかし予算委の答弁になると、がらりと様相を変える。演説では極力避けた「あります」や官僚用語とも思える「ございます」が急増する。これに「おります」を加えると、文末表現のうち半分以上を占める。対して小泉は「思います」や疑問形の表現が目立っている。安倍は小泉演説を研究した節があるが、即興の答弁になると馬脚を現した、ということであろう。
 新著「選挙演説の言語学」では前著と打って変わって若手の演説に注目した。ここでは、成功例より失敗例のほうが面白く、内容もある。東の思考の基本は「相手の共感を得ることができるか」にある。「ラポートトーク」(情緒を重視する話しかた)と「リポートトーク」(情報を重視する話しかた)という概念も、そうした分析のためのツールである。そこから、相手(聴衆)の目線と同じ地平に立つ演説を評価する。
 2005年の郵政総選挙で当選し2009年に落選した渡嘉敷奈緒美の場合。ある街頭演説で渡嘉敷はマナーの話から始める。間違いではないが、失業や年金や、その他もろもろで不安な日々を送る聴衆にはしらじらしい。だから聴衆の心は開かれない。このあと渡嘉敷は、党のマニフェストについて「解説をさせていただきたい」と続ける。東はこの部分を取り上げて「演説を致命的なものにしている」という。演説者と聴衆の間に、瞬時に「フレームが出来上がっている」というのだ。例えば学校の先生と生徒のような。渡嘉敷は別の部分では「覚えておいていただきたい」ともいう。聴衆は完全に引いてしまう。
 ではどうすればよかったのか。その解答の一つは、皮肉にも渡嘉敷の政治的師匠である小泉から出されている。その手法―。率直な感動の表明から入る。ようするに「すごいんですよ」ということを素朴な表現で語る。話者と聴衆の間に感覚的な共通の土俵を作る。次にフォーマルとインフォーマルのスイッチング。この著書の事例でいえば、麻生太郎が顕著だ。いわゆる「ですます」と「べらんめえ」の使い分けだ。小泉演説の最大特徴でもあろう。「率直に語る」ことの重要性は安倍も鳩山由紀夫も分かっていたはずなのだ。しかしその後の「スイッチング」ができなかったばかりに、言辞にメリハリが生まれなかった。さらに東は「政策より情緒」という。効果的なラポートトークができるかどうか、である。
 後半部分には米国在住のキャリアを生かしてレーガンとオバマの演説も取り上げた。2人のコミュニケーション技術を分析しているのだが、日本の政治家ほどの内容と深みはない。このあたり、前著に比べて内容の薄さが目立つのが、ユニークな分野だけに惜しい。


選挙演説の言語学

選挙演説の言語学

  • 作者: 東 照二
  • 出版社/メーカー: ミネルヴァ書房
  • 発売日: 2010/06
  • メディア: 単行本


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