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「古典」に収まりきらぬ生命力~濫読日記 [濫読日記]

  「古典」に収まりきらぬ生命力~濫読日記

 「『七人の侍』と現代」四方田犬彦著

 
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  ★★★☆☆ 

 「『七人の侍』と現代」は岩波新書。720円(税別)。初版第1刷は2010年6月18日。

 四方田犬彦は1953年生まれ。コロンビア大学などで研究後、明治学院大教授。専門は映画史。主な著書は「大島渚と日本」など。

 










 

 「羅生門」や「生きる」の脚本で知られる橋本忍が書いた「複眼の映像―私と黒澤明」(2006年)は抜群に面白い。当事者しか知り得ぬ映像作りの秘密や当事者間の息遣いが、よく分かるからである。この中に、当然のことながら「七人の侍」も出てくる。ここでも橋本は脚本作りに携わっている。そして著書のタイトルが表しているように、ほとんどの脚本は橋本単独ではなく、黒沢や、あるときはさらに1、2人を加えた共同作業で出来上がっている。 

 私は思わずドキッとし、本木荘二郎に訊き返した。
 「百姓が侍を雇う?」
 「そうだよ」
 私は瞬間に黒澤さんを見た。(略)
 「出来たな」
 黒澤さんが低くズシリという。
 「出来ました」
 (第2章 黒澤明という男) 

  「七人の侍」のアイデアの骨格が固まった瞬間である。もはや常識とも思えるが、この映画が日の目を見るまでの道筋をあらためてたどってみよう。
 黒沢は「生きる」に続く作品として「侍の一日」とでもいった映画を撮ろうとする。しかし、どうしてもプロットが固まらない。侍が昼食をとる設定が外せないのだが、当時は昼食をとる習慣がなかったことが分かる。そこで武芸者伝のようなものを映画にしようと素材を漁る。当時の武芸者の生活を調べていくうち、どうしても食いはぐれた場合にどうしていたか、という疑問の行き着いた先が「夜盗に対する百姓の警護役」という問答につながる。そこから後は武芸者の逸話集ともいえる「本朝武藝小傳」で集めた素材を、並列から垂直に並べ替えればよかった。

  四方田も、当然のことながら「七人の侍」製作に至るこのエピソードを紹介している。しかし、この書の価値はそこにあるわけではない。四方田の炯眼は、次の二つのことに着目した点にある。
  まず、製作が1954年であったことの指摘。すなわち、時代の中に映画を位置づけた点。この年は、日本の戦後史から見ると結構微妙な動きをはらんでいる。最大のものは、GHQによる占領政策が終わりを告げて間もないことであろう。先の「侍の一日」も、GHQによって抑えつけられたものを映像に盛り込もうとした意図が見て取れる。さらに、復員兵が町にあふれた時代であったこと。食い詰めた元兵士たちは、負け戦を生き延びた侍たちの境遇に重なる。これに著者は、1954年の米国による水爆実験を重ねる。冷戦の本格化=防衛論議の高まりを重ねるわけだが、正直言ってここはあまりピンとこない。むしろこの年に誕生した「ゴジラ」シリーズを水爆実験で甦る恐竜の映像化―と類推した点にこそ共感しうる。
  もう一つは「七人の侍」がキューバなどの第三世界のほか、今も戦火の記憶が生々しいコソヴォなどの各地で「古典」としてではなく「当世の」映画として熱狂的な支持を受けていることへの言及である。確かにこの映画は、古典として祭り上げられることを拒む、「古くならない」何かを持ち合わせている。コソヴォの批評家によれば、志村喬演じる勘兵衛はセルビアの農民を守った将軍の物語に読み換えられる。野伏せに襲われる村のありようから、著者はさらにパレスチナの難民キャンプさえをも連想する。

  ところで、この映画の結末をどう見るかはいまだ決着がついているとはいえない。勘兵衛が「この戦…やはり負け戦だったな」「いや…勝ったのはあの百姓たちだ…儂たちではない」とつぶやくくだりだ。一時はこの映画を自主防衛論として見る向きもあったらしいが、勘兵衛のこの一言でこの視点は否定しうるのか。それとも米軍による戦後防衛体制への暗喩と読むのか。1954年という時代を考えると、太平洋戦争で死んでいったものたちへの鎮魂の言葉ととることもできる。現に当時の新聞の映画評には、こうした指摘もあったと著者は言う。さらには、この映画にナショナリズムの萌芽を見る向きもあるだろう。
  いずれにしても、この映画は今なお絶海の孤島にそびえる高峰のような趣がある。以前にも以後にも、この作品に連なるものはない。そのうえで、現下の国際情勢の中でなお語られる映画だとしたら、黒沢明はさぞかし本望であろう。


『七人の侍』と現代――黒澤明 再考 (岩波新書)

 

 

『七人の侍』と現代――黒澤明 再考 (岩波新書)

  • 作者: 四方田 犬彦
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2010/06/19
  • メディア: 新書

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