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ヒロシマの思想を根底から問い直す~濫読日記 [濫読日記]

 ヒロシマの思想を根底から問い直す~濫読日記

 

「原爆の記憶 ヒロシマ/ナガサキの思想」奥田博子著
 

 

 
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 ★★★★☆ 

「原爆の記憶 ヒロシマ/ナガサキの思想」は慶応義塾大学出版会。3800円(税別)。初版第1刷は2010年6月25日。

 奥田博子氏は南山大学准教授。同大学のネットで、研究テーマを「コミュニケーション活動の批評」としている。そして「私たちの<記憶>や<常識>に対してまずは疑問を投げかけ、どのように言語や記号が私たちの現実や現実認識を形成しているか」と問題意識を披歴している。

 












 広島に住んでいると思うことがある。被爆者の高邁な理想は、実は世界に響いていないこと。被爆者は決して、本当のことを話そうとしないこと。なぜか、被爆者は国家から見捨てられていること。そしてもっとも痛切に思うのは次のような発言に関してのことである。
 「ヒロシマは、被爆者と市民の力で、また国の内外からの支援により美しい都市として復興し」(秋葉忠利・広島市長による今年の「平和宣言」から)。
 本当だろうか。強烈な違和感を覚える。広島は「内外の支援によって」「美しい都市に」復興したのか。広島に原爆が落ちて、朝鮮戦争があり、マッカーサーは「朝鮮半島に原爆を投下するか、それとも撤退するか」と大統領に迫り、ベトナム「北爆」のためB52が沖縄を飛び立ち、ナパーム弾で少女が焼かれ、イラクやアフガンでは原爆と変わらぬ残酷さを持つ「通常兵器」(「通常」とは何だろう)が使われ、その中でヒロシマは「復興した」のではなかったか。確かに川べりの「原爆スラム」はきれいな芝生のウオーターフロントに生まれ変わり、住人は高層アパートに押し込められた。これは歴史の中でどんな意味を持つか。
 そして美しい広島は世界に「平和を」と説く。しかし沖縄から今も爆撃機は飛び立つ。これはなんだろうか。
 被爆者の平均年齢は76歳を超えた。皮肉なことに、いま被爆者は語りはじめた。死ぬ前に話しておきたいことがあるから。遺言として話さなければならないから。では今までさんざん、世界で語られてきたことは何だったのだろう。被爆者が平和の伝道師として「表象化」されてしまう間に、いくつもの何かが抜け落ちている。それらを拾い集めて、火をつけて、まきを燃やすように。その火の色を見極めなければ、日本に原爆が投下されたことは歴史に耐えうる事実にはならないのではないか。
 これまでの戦争の中でいくつかの大量殺戮があった。だが、その中でもっとも非難されるべきものは「冷静に」実行された殺戮であろう。それはアウシュビッツと原爆投下である。映像作家の森達也氏はある著書で、こんなことを言っている。
 「当時のドイツ人が特に凶暴で冷酷だったはずはない。(略)でもやったことから逆算すれば、そういう人たちばかりだったと思いたくなる。(略)死体の焼却施設のすぐ横にSSの食堂があった。姜(尚中)さんも衝撃を受けたようだけど、僕もあれには驚いた」
 「冷静」で「日常的な」意思で行われた殺戮。原爆投下もそうではないかと思う。しかし、アウシュビッツはヨーロッパの歴史になり得た。先の書で姜尚中氏も同様の見方を示している。だがヒロシマは…。何かが違う。
 ナチとヒロシマの違いは加害者と被害者の違いである。日本は間違いなく加害者であったはずなのに、ヒロシマは日本を「被害者」として表象してしまったのである。この文脈の中で、ヒロシマ→唯一の被爆国家→経済復興のドラマが語られる(ここでは被爆者個人のレベルの倫理観で語られる「平和」と国家としての「平和」が見事に融合=とはほめすぎで、言いかえれば混在=する)。日本が日米安保を選択し、朝鮮戦争特需で経済成長のきっかけをつかんだことなど触れられることはない。
 こんなメロドラマ、あるいは神話を解体したのが、この「原爆の記憶」であろう。これまでに述べた数々の疑問の多くに、答えを出す労作である。なぜこうした書がこれまで出なかったのが不思議だ。この書をきっかけに「ヒロシマ・ナガサキ」の思想が常識の枠の中で語られるようになればいい。
 惜しむらくは1995年のハーグ国際司法裁で意見陳述した広島市長を「秋葉忠利」とする(正しくは平岡敬)などいくつかの誤謬、または誤植と思われるミスが散見されることである。しかしそれはこの書の歴史的な意味を減ずるものではない。 

原爆の記憶―ヒロシマ/ナガサキの思想

原爆の記憶―ヒロシマ/ナガサキの思想

  • 作者: 奥田 博子
  • 出版社/メーカー: 慶應義塾大学出版会
  • 発売日: 2010/06
  • メディア: 単行本


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