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純粋に哲学の問題だ「ベーシック・インカム入門」~濫読日記 [濫読日記]

 純粋に哲学の問題だ~濫読日記

「ベーシック・インカム入門」山森亮著
 ベーシックインカム入門_002のコピー.jpg ★★★★☆ 

「ベーシック・インカム入門」は光文社新書。840円(税別)。著者の山森亮は1970年生まれ。京都大大学院修了後、東京都立大、ケンブリッジ大を経て同志社大教員。専攻は社会政策。国際学術誌「Basic Income Studies」の編集委員を務めた。

 

 

 







 これは究極の社会なのか。一人ひとりに、最低限の生活を保障するための資金を国家が出す。そのかわり、ほとんどの社会保障はなくなる。年金もなくなる。その結果、人々は労働意欲をなくすのか、それとももっと強固な労働意欲を持ちうるのか。

 考えてみると我々は二宮金次郎的な勤労観を植えつけられてきた。なぜなのか。生産力の向上こそ社会を豊かにすると思い込まされてきた。確かに、物質を大量に生産することで社会的な富の偏在をカバーできた時代はあった。高度経済成長の果てに生活が豊かになるという幻想も、あながち無意味なことではなかった。しかし今、その軌道上を走り続けることに疑いを抱く必要はないのだろうか。

 企業は既に国家の枠を超えてしまっている。企業の生産力は社会を豊かにするためでなく、企業自身の延命のために使われている。利潤は社会に還元されるより、企業自身の拡大のために使われる。現代の〝恐竜〟になった企業は、より安い労働力を求めてグローバルな展開を図る。社会は確実に豊かになったはずなのに、個人は豊かさを実感できない。完全雇用が叫ばれながら、その実現への道のりは遠い。

 労働はよいことであり、その対価としての賃金で社会的生活が保障される-。このサイクル自体が問い直さなければならないのではないか。政治の奇跡によって例え完全雇用が実現したとしても、雇用の需要と供給のミスマッチは残るだろう。そして労働によって生じる疎外感はどうしようもなく埋めがたい。あるいは政治の奇跡によって完全福祉社会が実現したとしても、福祉を「給付」される側の屈辱感はぬぐいきれない。つまり現代社会の「貧困感」は永久に続くのではないか。

 ベーシック・インカム(以下、BIと表記)世界ネットワークの中心人物であるベルギーの政治哲学者フィリップ・ヴァン=パレイスは1986年に論文を発表するが、それはマルクスの「ゴーダ綱領批判」から出発する。よく知られた共産主義の分配の定式である。

 共産主義の第一段階では「各人にはその労働に応じて」分配されるが、その後の共産主義では「各人にはその必要に応じて」分配される。

 前段は社会主義に相当し、後段はいわゆる高度な共産主義だと理解できる。ただし実際の社会主義は、生産力が追いつかなかったため悲劇的な歴史をたどった。高度な次元にたどりつくことなく、疎外と貧困を生みだしただけで終わった。しかしヴァン=パレイスは、高度な資本主義のもとでBIが導入されれば社会主義を経ずに共産主義社会の理想が実現するという。

 本当に「働かざる者、食うべからず」なのか。「衣食足りて礼節を知る」ということもある。基本的な生存権が保障されて初めて社会的な貢献が可能なのではないか。BIの思想の出発点はこのあたりにある。

 たとえば家事や育児は社会的な貢献である。しかし「労働」とは認められていない。したがって賃金も支払われない。ではこれを労働と認め、賃金を払えば問題は解決するのか。結果的に家事や育児を女性の仕事として固定してしまうというジェンダーの問題も発生する。一定の金額を無条件で支払うことで、これらの問題をクリアすることはできないか。BIは「賃金」ではなく、生存権の保障なのである。だから、BIは世帯ではなく個人に対応している。「福祉」との明確な違いはここにある。BIとよく似た思想である「マイナスの所得税」(一定の所得がない世帯には一定の金額を支払う制度)とも、この点で異なる。

 ヴァン=パレイスに戻ろう。BIは、働かないものに甘いのではないか、という批判は不可避的に出てくるだろう。これに対して彼は、「生存のための労働」ではないから、金銭に価値を置くか、時間に価値を置くかという生き方の問題であると説明する。そしてそれは、飢餓に対する恐怖のためではなく、自由な選択が可能になる。

 BIの構想は18世紀末に出現したと言われ、著者はその源流をイングランドの思想家トマス・ペインの「人間の権利」に見る。さらには世界的に知られる経済学者ガルブレイスが1958年に出した「ゆたかな社会」での、雇用と所得保障の分離にもBIの思想を見る。特に1969年に出た第2版では明確な形でのBIが提案されたという。現代社会の過剰な生産が過剰な消費を生み、無理な雇用を生む。労働者の勤勉さに社会は依存しておらず、「怠惰」は個人には有害かもしれないが、社会には有害でないと言い切る。「ゆたかな社会」は、かつて読んだことがあるが、BIの観点を読み取った記憶はない。著者自身も、ガルブレイスのBIの提案は「日本ではほとんど知られていない」としている。

 生存を保障された上で、飢餓への恐怖を抱くことなく仕事を選ぶ。これは理想社会か。それとも怠惰への道か。既に過剰な生産=消費の時代に突入したと見る私自身は「BIによる理想社会実現」へと傾きかけている。書のタイトルは「入門」とあるが、内容はかなりヘビーだ。


ベーシック・インカム入門 (光文社新書)

ベーシック・インカム入門 (光文社新書)

  • 作者: 山森亮
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2009/02/17
  • メディア: 新書


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