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カオスと都市国家と世界文明~濫読日記 [濫読日記]

 カオスと都市国家と世界文明~濫読日記

ポール・スタロビン「アメリカ帝国の衰亡」
 
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 「アメリカ帝国の衰亡」は新潮社刊。2400円(税別)。初版第1刷は20091220日。原題は「After AmericaNARRATIVES FOR THE NEXT GLOBAL AGE」。

著者ポール・スタロビンは「アトランティック・マンスリー」編集者。「ニューヨークタイムス」「ワシントンポスト」などに寄稿。訳者松本薫は1956年生まれ。フリーライター、翻訳者。

 













 ポール・スタビロンという人物を、実はよく知らなかった。彼自身が著書で提示したデータによると、ニューイングランド・マサチューセッツ出身のジャーナリスト。ロンドンで教育を受け、ワシントンで活動し、ウズベキスタン出身の女性と結婚した。コスモポリタンである。そのためもあってか、この書のアプローチは実に多彩だ。だから読み方はいろいろある。政治学でも経済学でもない。中世ヨーロッパの端正で堅固な建築物風の論理の組み立て方とは対極に位置する。博覧強記である。縦横無尽という言い方が当てはまるかもしれない。

 ヘンリー・ルースは雑誌「タイム」「ライフ」を育てた出版人だ。1941年に「ライフ」誌で、5㌻にわたる社説「アメリカの世紀」を書いた。アメリカの覇権の到来を告げる輝かしい内容だった。しかしポール・スタビロンは指摘する。「それが歴史の到達点だと信じた点で、彼は明らかに間違っていた」―。第2次大戦後のヨーロッパの衰退とソ連の台頭がもたらした偶然。それが「アメリカの世紀」だというのだ。戦争の行方に決定的な契機をもたらしたもの。それは1944年のノルマンジー上陸ではなく194243年のスターリングラード攻防戦ではなかったか、という視点が提示される。スターリンがドイツ軍をたたきのめし、欧州は荒廃した。戦後、スターリンの覇権を許さないためには米国が地球上もっとも輝かしい国家となるしかなかった-。

だから世界のだれもが「アメリカのようになりたがっている」などと言うのはアメリカ人の思い込みにすぎないのだ。いま、坂道を登り切ってしまった米国をあらためて見直せば、中流国に過ぎないのではないか。「パックス・アメリカーナ」も終焉する。米軍はイラクを支配できず、アフガンでも決定的な勝利を得ることはできない。世界が、アメリカを世界の指導者と認めないだろう。1949年のソ連核実験で始まった米ソ2極化時代は1991年で幕を閉じ、使命は終わったのだ。フランシス・フクヤマが1989年に発表した「歴史の終わり」も、米国の永続的な世界支配を予測している点で誤りである、という。

 では「アメリカ後」はどのように推移するのか。中国がとってかわるのか。米国より力において勝るだろうが、世界の覇権を獲得するに至るのか。著者は否定的である。ではロシアは、インドは。そのいずれも覇権国家への道は困難だろう。中国は選民意識が邪魔をし、ロシアは自由観が決定的に特殊であり、インドはもともと覇権主義を嫌う傾向にある。

ここで著者はカリフォルニアに注目する。経済生産をGDP換算すると世界8位。イタリアとスペインの間に位置する。柔軟で未来志向が強く、コスモポリタン的な性格が強い。ロサンゼルスを筆頭とする「都市国家」の時代。ここにこそ米国の生き延びる道がある。これが著者のたどりついた地点だ。オランダの未来学者マルセル・ブリンガは2020年の世界をこう予測する。「世界中を渡り歩き、転居を繰り返す『遊牧民』のような人々があふれ、人材も仕事も絶え間なく世界を循環するようになる」。企業はすでに国境を超えている。次は「ヒト」が国境を超えるのだ。フランスの思想家ジャック・アタリも同じことを「オブジェ・ノマドの出現」と記述している【注】。ここに世界が多極化する土壌が見てとれる。それは一方で「暗黒のカオス」につながるかもしれない。世界の主導的な役割を担うのがインドでも中国でもロシアでもないとすれば…。それはヨーロッパに他ならない。「名誉挽回を目指すヨーロッパは、『多極化世界』の実現に大きく貢献することになるかもしれない」のだ。

近い将来ではないが、欧州が主導する都市国家の時代。国境のない「世界文明の時代」。どうやらポール・スタビロンの視線の終着点は、ここにあるようだ。そこに至る道筋は「商業の道」なのか「人権の道」なのか「地球の健康を目指す道」なのか。もちろん、カオスの時代から都市国家の時代へと変遷することがかなわなければ、世界のボス国家として中国が君臨することになる。そしてこの新たなグローバリズムを俯瞰する中で、日本の存在は極めて薄い。

 

【注】「21世紀の歴史」から。この部分は筆者asaによる引用。

 
アメリカ帝国の衰亡

アメリカ帝国の衰亡

  • 作者: ポール・スタロビン
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2009/12/22
  • メディア: 単行本

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