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日常に潜む<戦争>の傷~映画「愛を読む人」 [映画時評]

日常に潜む<戦争>の傷~映画「愛を読む人」 

 内田樹の「日本辺境論」に、難読症のことが出てくる。普通の知的能力を持ちながら、書かれた文字が読めない。読めても意味が理解できない。英語圏に多いという。日本ではあまり見ない症例らしい。背景には、英語に代表される言語群と日本語との違いもあるようだ。日本語という言語は、実は複線の構造を持っている。表意文字である漢字と表音文字である仮名。複雑だが、その一方で書かれた文字の意味を最小限度でも取り込みやすいという利点がある。アルファベットで成り立つ英語などは単線構造で、理解できないとなるとまったく理解不能になる。内田は脳の障害のためらしい、と書いている。

 

 映画「愛を読む人」は、この難読症がストーリー展開の大きな要素となっている。しかし、メーンのテーマではない。

 15歳のマイケルは、母親ほど年の違う女性とひと夏の恋に落ちる。女性に求められ、会うたびに本を朗読するようになる。そして大学生になり、法律の実習としてある裁判を傍聴する。アウシュビッツでの戦争犯罪が裁かれる。被告席にはあの女性がいる。裁判の過程で、ある報告書のサインが問題になる。法廷で署名を求められた女性はこれを拒否。罪を認めて無期懲役の判決を受ける-。実は女性は文字が書けないのだ。そのことを知られたくないために、アウシュビッツで行われた囚人選別の「首謀者」であることを背負ってしまう。

 獄中で20年余りを過ごした女性に手を差し伸べるのは、あのときの少年マイケル。だが女性はそこから出ることなく、自殺してしまう。

 映画は1958年から1995年までの人間模様をうつす。ドイツの普通の人々の戦後がある。淡々とした映像で語られるのは、穏やかな日常生活の皮膜を一枚めくったところに、なお生々しくある「戦争」だ。しかもそれは「加虐」の側の深い傷である。被虐の側だけでない「戦争」を語るためには、難読症というフィルターを用いる必要があったのだろう。

 これほど穏やかに誠実に「戦争」を語る映画を見たことがない。それだけ重みが伝わってくる。アカデミー主演女優賞を取ったケイト・ウィンスレットの知的な美しさが光る。原作はドイツのベルンハルト・シュリンク。原題は「The Reader(朗読者)」だが、邦題はよくない。砂糖菓子のようなタイトルが、映画の主題を見失わせる。2009年の米国映画だが、言葉にこだわる内容だけに、できればドイツ語版で見たかった。

  *この映画はDVDで見ました。

 朗読者のコピー.jpg

 ベルンハルト・シュリンク「朗読者」(新潮文庫)


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