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安倍元首相殺害事件をめぐって [社会時評]

安倍元首相殺害事件をめぐって


A 安倍晋三元首相が7月8日、殺害された。奈良市内で参院選候補の応援演説中、衆人環視の中で手製の銃を持った男に襲われた。衝撃は列島を駆け巡った。
B ドクターヘリなどで橿原市内の病院に運ばれ、治療を受けたがほぼ即死状態だったようだ。夕刻、夫人が東京から駆けつけ、死亡が確認された。心臓に銃弾による穴が開いていたようで、蘇生する見込みはなかった。
C 外国でも事件は報じられた。すべてを見たわけではないが、日本では「撃たれ死ぬ」の見出し表現が多かったようだ。多くの外国メディアは「暗殺」を使った。
B 「暗殺」は謀略→謀殺のにおいがある。今回の事件に限っては、容疑者の自供をみても個人的動機の色彩が強く暗殺や謀殺はそぐわない。

◇政治家・メディアの対応に違和感
C 若干の違和感があったのは、政治家やメディアがそろって「民主主義への挑戦」とか「言論はひるんではならない」といった主張や論調を掲げたことだ。現場で逮捕された山上徹也容疑者は、母親が特定の宗教にのめりこみ家が破産状態になったため、この宗教団体とつながりがあると思いこんで元首相を襲ったと自供している。これがそのまま正しいとすると、特定の政治家の言論に対する反感ではなく個人的な怨恨が動機となり、先にあげた政治家やメディアの主張とはすれ違っている。
B 被害者は政治家だし、襲われたのも選挙の遊説中だった。外形的事実だけ見れば「民主主義への挑戦」と受け止められるのは、ある程度妥当なのかなと思う。ただ、民主主義や言論を揺るがすのは、直接的な暴力だけではない。権力による抑圧的な政策や貧困、差別なども言論や民主主義を揺るがす。

◇民主主義の守り神?
A 事件の報じ方にも問題があったように思う。元首相に対する暴力をそのまま民主主義の破壊ととらえることで、裏返しとして安倍氏は民主主義の守り神であったかのような報道も見られた。森友学園、加計学園問題や桜を見る会疑惑、そして近畿財務局職員の自死を招いた一連の動きは、民主主義の破壊につながるものだった。事件を民主主義の破壊行為という構図に押し込めることで元首相を美化してはならない。数々の疑惑を招きながら真相解明を求める声にも一切答えてこなかった、という事実をきちんと報じてこそ民主主義を守ることにつながる。
B その通りだと思う。事件直後の報道を見ていて、この点に最も留意していたのはTBSの「報道特集」だった。もっとも、すべてを網羅的に見ていたわけではないが。
A コロナ禍やウクライナ戦争の影が人心を覆ったせいで、もともと今回の参院選は自民党に追い風が吹いているといわれた。そこに、投票日2日前というタイミングで事件が起きたから自民有利はさらに加速した。
B 新聞の見出しを見ると「自民大勝」と捉えたものが多かったようだ。ただ、事件がどれだけ追い風になったかは今後の分析を見ないと分からない。もともと「コロナ」や「ウクライナ」といった自民にとっての好条件はあったわけだし。

◇「タクシードライバー」か朝日平吾か
C けさ(7月11日)の「羽鳥モーニングショー」で、玉川徹コメンテーターが事件を「タクシードライバー」に通底するものと見ていた。ロバート・デ・ニーロ扮するベトナム帰りの元海兵隊員が荒み切った精神を抱えて社会になじめず、次期大統領候補を襲う(映画では未遂に終わる)というマーティン・スコセッシ監督の1970年代の名作だ。なるほどと思う反面、少し違う感じもする。どこが違うのか、うまく言えないが…。
A 容疑者は、高校生あたりまでは普通の、というよりむしろ恵まれた家庭環境にあったようだ。ところが建築会社を経営する父親が他界し、後を継いだ母親が宗教にのめりこんだあたりから、その日の食事にも困るほどの極貧生活に陥ったようだ。20歳のころ海上自衛隊に入ったのも、貧困が背景にあったともいわれる。そうしてみると、1921年に安田善次郎を暗殺、「死ノ叫声」という遺書を残した朝日平吾に思想的に近いのではないか。中島岳志や橋川文三が彼に関する文章を残しているが、明治維新後のいわゆる志士仁人的ではなく、大正デモクラシーの思想を踏まえた人間主義的な怒り―貧困や不平等に対する怒り―をベースにしたテロリストだった。
B うーん。これもしっくりこないな。事件直後には5.15事件や2.26事件を連想するという声も聞かれたが、これは論外だろう。いずれにしても、手作りといわれる長さ40㌢の銃身(砲身?)を持った、まがまがしい武器。容疑者が夜を徹して(と思われる)作りあげた異様な数丁は、少なくとも安倍氏個人にではなく社会全体に向けられていた、と考えるべきだ。その思想の闇の底には貧困や不平等への言い知れぬ怒りがあったことも確かだろう。そのあたりはこれから解明されるだろう。

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