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一人の男のアイデンティティーをめぐる旅~映画「皮膚を売った男」 [映画時評]

一人の男のアイデンティティーをめぐる旅
~映画「皮膚を売った男」


 チュニジア、フランス、ベルギー、スウェーデン、ドイツ、カタール、サウジアラビアという珍しい取り合わせの合作。そのためか、中東の戦火の匂いの漂う中、ヨーロッパをさまよう男の実存をめぐる物語という変わったテーマ設定。寓話的な構成で読み方はいろいろありそうだ。

 2011年のシリア。サム(ヤヤ・マヘイニ)は恋人アビール(ディア・リアン)にプロポーズ、色よい返事を得てつい電車内で叫んでしまう。「これは革命だ。自由が欲しい」。治安当局の耳に届きサムは拘束される。すきを見て脱出、ベイルートに亡命した。ある美術展で時間つぶしをしていると怪しまれてトラブルに。見ていた芸術家ジェフリー(ケーン・デ・ボーウ)から奇妙な提案を受ける。自由と大金と引き換えに、背中にタトゥーを入れさせてくれという。アビールに会いたい一心でサムは承諾。アビールはそのころ、外交官の夫とともにベルギーに住んでいた。
 こうしてサムは、販売額と転売額の3分の1と、国境を自由に行き来できるシェンゲンビザを手に入れた。背中のタトゥーを展示する際は必ず協力することが条件だった。手に入れた大金は1000万ユーロというから、日本円で10億円以上になる。
 展示されたサムの背中は各地で大きな反響を呼んだ。サムは一人の人間というより、一つの芸術作品として扱われた。人間性にではなく、背中の皮膚に彫られたタトゥーに価値が認められたからだった。評判を聞き、シリア難民を守る会も訪ねてきた。しかし、サムは人権侵害も搾取もないと取り合わなかった。
 たしかに表面上の自由を得て、しかも大金を手にした。しかし、世界はサムを人間としてはみていない。そんな不思議な環境に置かれた。
 やがてサムの背中には多額の保険が掛けられ、スイスの投資家に売却された。オークションにかけられ、500万ドルで落札された。サムは究極の美術品になった。ここで彼は一つのパフォーマンスをする。ズボンからスイッチ状のものを取り出し、自爆するふりをしたのだ。会場は大混乱になった。逮捕され裁判で無罪となったサムは、ビザも切れたためシリアに帰ることを決意。離婚したアビールが一緒だった。しかし、背中に高額の美術品を背負って帰国すれば、ISISも見逃してはくれない。そこで打った大芝居とは…。

 ざっとこんな話である。シリア、美術品という二つの要因が一人の人間のアイデンティティーをあいまいにしてしまうという物語の設定がなんとも斬新である。
 2020年製作。監督・脚本カウテール・ベン・ハニア。チュニジアの監督である。


皮膚を売った男.jpg


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