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西川と役所の幸福な出会い~映画「すばらしき世界」 [映画時評]

西川と役所の幸福な出会い~映画「すばらしき世界」


 「根はいい人なんだけどねえ」といういい方がある。ここに出てくる男も、その形容がぴったりくる。
 「根はいい」のだが、直情径行の気がある。感情を抑えきれない。この男の場合、その気質は生い立ちも影響しているようだ。幼いころ母に捨てられ、養護施設で育った。肉親の愛に飢えている。それが行動に出てしまう。
 三上正夫(役所広司)は、懲役13年の刑期を終えて旭川刑務所を出た。身元引受人である弁護士・庄司勉(橋爪功)のもと、生活保護を受けながら再出発を図る。そうはいっても、13年前に殺人事件を起こし前科10犯、人生の大半にあたる計28年間を塀の中で過ごしてきた。簡単に職は見つからない。配送業の運転手などを希望するが、免許は刑期中に失効した。再取得を試みるが、ブランクが災いして実技試験を突破できない。
 すべてが嫌になった三上は、かつて親交のあった九州の組長・下稲葉明雅(白竜)に連絡を取る。誘いに乗って訪れるが、組長の妻(キムラ緑子)に説得され、「その世界」に舞い戻ることには寸前で踏みとどまった。
 再出発を模索する途上、テレビ局のディレクター津乃田龍太郎(仲野太賀)とプロデューサー吉澤遥(長澤まさみ)、と出会う。彼らは三上の再出発を映像にすれば読者の関心を呼ぶともくろむ。一方で、行きつけのコンビニ店長・松本良介(六角精児)とも、ひょんなことで交流が始まる。店長はテレビ取材の話に「食い物にされるだけ」という。
 佐木隆三の「身分帳」を原作とし、時代設定は35年後の現代とした。身分帳は受刑者の生い立ち、性格などが細かく記され、刑務所内の指導、監督の資料としてつくられた。三上はこの身分帳を丹念に書き写していた。身元引き受けの弁護士を通じてこの「身分帳」を入手した津乃田は当初、番組の基礎資料にと考えるが、次第に三上の壮絶な生きざまに感情移入するようになる。
 「ゆれる」(2006年)以来、西川美和監督は心理の襞を映像化する「人間博物館」とでもいうべき作品を撮ってきた。この「すばらしき世界」も例外ではない。役所広司も期待に応えている。ナイーブな反面、瞬間的に感情を爆発させる。終盤では、臨界点ぎりぎりで思いとどまる、緊迫感あふれる演技。もちろん、西川の手腕も背景に潜んでいる。
 「やくざと家族 The Family」では綾野剛が、暴対法下の社会で生きにくくなり、自ら滅びていく人生を鬼気迫る演技で見せたが、この「すばらしき世界」では役所広司が、生きにくい中で懸命に生きようとする実直な男を演じた。出所後の男が社会に適応しようと悪戦苦闘するシンプルなストーリーだが、西川と役所の幸福な出会いが、作品に奥行きを持たせている。
 2021年、日本。

すばらしき世界.jpg



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