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市井の思いが詰まった作品群を語る~濫読日記 [濫読日記]

市井の思いが詰まった作品群を語る~濫読日記

日本映画 隠れた名作 昭和30年代前後」(川本三郎 筒井清忠)

 日本映画隠れた名作.jpg「日本映画 隠れた名作 昭和30年代前後」は中公選書。定価1800円(税別)。初版第1刷は710日。川本三郎は1944年、東京生まれ。東京大法学部卒。評論家。「大正幻影」「荷風と東京」「林芙美子の昭和」「今ひとたびの日本映画」「マイ・バック・ページ」など多数。筒井清忠は1948年、大分市生まれ。京都大文学部教授などをへて帝京大文学部教授。日本近現代史。「昭和十年代の陸軍と政治」など著書多数。 













 いわゆるプログラム・ピクチャーと称された作品群をつくった監督を取り上げた。時代は昭和30年ごろ。語るのは映画評論・文芸評論で独自の地位を築いた川本三郎と近現代史研究家の筒井清忠。 なぜ、昭和30年ごろなのかといえば、もちろんこの時代が映画の絶頂期であったからだ。川本は「今ひとたびの戦後日本映画」でも、この時代の名作を多く取り上げている。映画は戦後、GHQによる占領が終わる頃から、質量とも隆盛期を迎える。戦後の新時代への希望と、戦争への反省がないまぜになった頃であり、かつ占領軍による言論統制の終わりが必然的にもたらした言論の百花斉放現象が背景にある。

 ちなみに、この頃のキネ旬ランキングを見てみよう。昭和27年の1位は黒澤明の「生きる」、28年になると今でも記憶に残る名作が並ぶ。1位「にごりえ」(今井正)、2位「東京物語」(小津安二郎=なんと2位だった)、3位「雨月物語」(溝口健二)、4位「煙突の見える場所」(五所平之助)。29年の1位は「二十四の瞳」(木下恵介)で、「七人の侍」(黒澤明)は、なんと3位だった。

 いま、世界の映画ランキングをつくれば確実に1位か2位に入ると思われる「東京物語」や「七人の侍」がともに1位でなかったのが興味深い。それだけ、この時代の映画は内容が優れていたということだろう。

 しかし、映画は昭和32年から35年まで続いた年間入場者数10億人台を36年以降、維持できず、黄金時代に終わりを告げる。現在の年間入場者数は1億人台の半ばである(この項、日本映画製作者連盟のHPから)。背景にはテレビの隆盛がある。新聞購読者数をテレビ契約者数が上回ったのが昭和36年だった(逢坂巌「日本政治とメディア」)。つまり、テレビは新聞と映画をともに凌駕したのである。

 映画の絶頂期は昭和27年から356年ごろまでだったということができる。

 その時代の、いわゆる「名画」とか「巨匠の作」とか呼ばれていない作品を、二人が語っている。そういうつくりの対談本だから、作品内容に細かく立ち入ることはしていない。どちらかといえば好き嫌いも含めて陽のあたらなかった作品群に光をあてる、といった趣の本である。その中から、いくつか印象に残ったことを取り上げてみる。

 小津と同時代の監督、田坂具隆にかなりの評価を与えている。田坂は「五番町夕霧楼」や「湖の琴」などを手掛けたが、もともと作風が地味であり、今日、語られることが少ない。戦争映画「五人の斥候兵」なども語っているが、「ぜんぜん勇ましくない」(川本)。そこがいいのだという。田坂は戦後、日活で石坂洋次郎原作の3本を石原裕次郎主演で撮っているが、田坂、石坂、石原という一見ミスマッチのような作品が「意外にいい」(川本)。この後、田坂は東映に移る。そこでつくった「五番町夕霧楼」は「戦後の代表作」(筒井)と位置づける。主演した佐久間良子はその直前の作品「飛車角」(沢島忠)で大きく飛躍を果たし、ここで「全面開花した」と、筒井は話す。

 余計なことだが、滝沢英輔の作品群を語る中で、川本が「日活の青春スターでは、吉永小百合より芦川いづみが好きだったんです」と漏らしているのは、同感である。

 任侠映画に触れる中で、二人とも「総長賭博」(山下耕作)に否定的なのは意外だった。川本は体質的に受け付けず「30分で映画館を出てしまった」といい、筒井は「任侠映画として駄目です」という。たしかに、この作品は任侠道一筋の男が、最後に任侠道を捨てる、というストーリーで、任侠道否定の任侠映画という不思議な位置づけにある。筒井によれば、脚本家の笠原和夫が任侠道礼賛の気風に抵抗して書いた作品なのだそうだ。なお、筒井が沢島忠の作品に触れる中で「戦前は、集団主義的な任侠映画よりも一匹狼的な、長谷川伸的な世界のほうが好まれた。もっと言えば、戦後、家族など第一次集団の紐帯が弱くなったので、疑似家族集団が映画のようなフィクションの世界で強く求められたということかもしれない」と指摘しているのは興味深い。

 映画がピークだった昭和33年、映画館入場数は11億人に達し国民一人あたり年間12回、映画館に足を運んだことになる。同時にこの時代は「卓袱台のある暮らし」(川本)でもあった。慎ましい市井の生活の思いが映画に込められ、その映画を月に平均1回、日本人が見た時代である。映画を通してそんな時代を振り返ってみてもいい。

日本映画 隠れた名作 - 昭和30年代前後 (中公選書)

日本映画 隠れた名作 - 昭和30年代前後 (中公選書)

  • 作者: 川本 三郎
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2014/07/09
  • メディア: 単行本

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