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「上昇」と「豊かさ」を求めて~濫読日記 [濫読日記]

「上昇」と「豊かさ」を求めて~濫読日記


「『幸せ』の戦後史」(菊地史彦著)

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「『幸せ』の戦後史」はトランスビュー刊。2800円(税別)。初版第1刷は201345日。菊地史彦氏は1952年東京生まれ。76年に慶応義塾大卒、筑摩書房入社。89年退社。99年にケイズワーク設立、コンサルティング活動を展開。













 「幸せ」とはなんだろう。暮らしの豊かさのことだろうか。では「豊かさ」とはなんだろう。幸せとは公平な世の中に生きているという実感のことだろうか。では「公平」とはなんであり、今の世は公平なのだろうか。それらは個人や家族によって違うものだろうか。

  著者は「フルサトの歌の変容」というテーマから書きはじめる。「フルサトの歌」には二つの転換点があるという。そのうちの一つは、1950年代半ばから60年代初頭にかけて。日本の高度経済成長が始まり、地方から都会へ大量の人口が流入する。ここで著者は、社会学者見田宗介の炯眼を引用する。すなわち、戦前にも望郷の歌はあったが、歌われているのは故郷を離れた孤独ではなく、例えば春日八郎「別れの一本杉」のように故郷に残された者たちの孤独であった―。

 社会組織の変容とともに、その上部構造である社会意識も変化する。この社会意識を手掛かりに、戦後史を再構築していく。入り口は三つあり、一つは労働、一つは家族、あと一つはアメリカである。援用されるのは労務管理論、経営戦略論、サブカルチャー、カルト宗教、そしてさまざまな映画、流行歌、文学作品。そこで語られるのはさまざまに現出する「幸せ」あるいは「不幸せ」のかたちである。

 「第Ⅰ部 壊れかけた労働社会」では、今日の企業経営の原型を生みだした日経連のあるリポートを取り上げる。90年代から急速に高まった非正規雇用へのシフトを生みだした、悪名高い「雇用ポートフォリオ」である。雨宮処凛はこうして生まれた労働形態を「国内に奴隷制度ができたようなもの」と呼ぶ。そしてこれは、従来の終身雇用=年功序列の破壊を招き「能力評価から成果評価への転換=成果主義」へと、労働現場を向かわせる。こうして人々のささやかな未来=幸せ感が潰されていった。そして、誰もが成功のために努力する機会に恵まれるわけではない、という苦い認識が「チャンスとリスクは隣り合わせ」という自己内面化=自己責任論を生み、社会意識となっていく。

 「第Ⅱ章 家族の変容と個の漂流」では「豊かさを是とする社会意識」「階層の上昇という趨勢」に対抗する視線の存在を見いだす。例えば「キューポラのある街」のジュン(吉永小百合)であり「非行少女」の北若枝(和泉雅子)である。その流れは山田洋次監督「下町の太陽」から「男はつらいよ」に引き継がれていく。豊かさの獲得と上昇感が戦後の大きな家族の願望であったが、それがいつしか停滞し始めるのである。そのことを著者は、絶妙のキャラクターである寅さんをつくりだした山田洋次のほか、浦山桐郎「私が捨てた女」の倦怠感に満ちた絶望感=なりたかった自分になれない=に見ている。この二つの映画が公開された1969年は、世界的に見ても大きな転機の時代となる。

 「家族」の問題を語る時、外せない存在がある。「オタク」と呼ばれる人たちである。1980年代に遭遇した、現実と虚構の境界を喜々として生きる人たち。これは一方で政治や経済の「大きな物語」=例えばマルクス主義が描き出す未来像=の終焉もしくは無効化と対をなしている。現実の歴史から仮想世界への逃走である。家族の物語も終わり、個の物語探しが始まる。この道筋の一つに、オウムがある。あらゆる制約から自由で、絶対壊れない心。ヴァジラヤーナ(金剛心)という仏教原理主義の頂き。著者は、オウムを求めたのは80年代の日本社会ではなかったか、という。

 第Ⅲ部は「アメリカの夢と影」。アメリカが日本にもたらした最も顕著なものはフォーディズムに端を発する大量生産・大量消費の夢である。フォード社の採用した作業合理化は1914年に労働時間を8時間に短縮し日給を2倍に引き上げる。日本もまた1955年に経済成長のとば口に差し掛かり、第1の戦後から第2の戦後へと移行する。「三種の神器」や「3C」が消費社会をけん引する。だが、この消費社会も70年代には三つの方向へと分散する。一つは「団地」から「持ち家」への転換。一つは消費の個体化=コンビニやウォークマン=の出現。もう一つは消費の虚構化=例えば「原宿」=の出現である。

 こうして著者は、戦後史という自画像を、膨大な資料とともに描き出している。「豊かさ」という緩やかだが強固な「筋」によって。労働は豊かさの手段であり、家族は豊かさを分かち合う場であり、アメリカは豊かさの手本であったという構図がそこにある。そして『幸せ』へ近づくために、戦後の日本人が重ねてきた努力や苦労や失敗が少しむなしく見える」という苦い感慨を残して著者はこの書を閉じている。

「幸せ」の戦後史

「幸せ」の戦後史

  • 作者: 菊地 史彦
  • 出版社/メーカー: トランスビュー
  • 発売日: 2013/04/05
  • メディア: 単行本




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